STAB ME IN THE BACK
きょうじゅ
AGAIN.
開かれたドアがカランカランと音を立て、わたしは店内に一歩足を踏み入れる。喫茶『アース・バウンド』。カフェでもバールでもない。今は希少になった、日本の、純喫茶スタイルの喫茶店である。
「いらっしゃいませ」
銀縁眼鏡をかけて白い手袋を嵌め、髪を整髪料でまとめた、おカタい雰囲気のマスターのいつもの声が出迎えてくれる。
「マスター、いつものお願いね」
「かしこまりました」
慇懃で、他人行儀である。まあ、他人と言えば他人だからしょうがないと言えばしょうがないけど。わたしのことを『イツキちゃん』なんて呼んでくれるようなマスターではない。わたしの名前は知っているんだけど、『イツキさん』も厳しいだろう。多分、この場で名前を呼ぶように要求したら様呼びが飛び出してくると思う。
「お待たせいたしました。モカ・ウィンナーで御座います」
モカ・ウィンナーはわたしのためにマスターが作ってくれる、メニューには載っていないスペシャルである。いわば裏メニュー。
明日はこの店の定休日で、定休日の朝に、彼は髭を剃らない。彼が次に髭をあたるのは明後日の朝で、休日の次の日の朝にだけ見せる彼の無精髭の浮いた顔を、きっとわたしだけが知っている。
「ごちそうさま」
ふちにルージュのついたカップを置いて、わたしは気怠く足を投げ出す。閉店まではあと30分。まあ、店を閉めてから、彼が自宅に向かうまでには、どうせまたひどく待たされるんだけど。掃除やらなにやらで。
「ねぇ、マスター。わたし、今日はこのあとフリーなんだけど」
他の客、その最後の一人が帰ったのを見計らって、わたしはマスターにそう声をかける。ねぇ、色男。わたし、今日はこのあとフリーなんだけど。
「そうか。店を閉めたら戻るから、先に行って待っていろ、タツキ」
「イツキって呼んでよ。あなたがわたしを女にした癖に」
「……全く。ひとに聴かれたらどうする」
「いいもん。マスターの恋人のイツキです、って名乗るから」
「黙れ」
唇がわたしの言葉を塞ぐ。ああ、本当に野暮で本当に愛しい、私の
STAB ME IN THE BACK きょうじゅ @Fake_Proffesor
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