第245話・芸人

 次の日……。

 放送開始15分前になってもスタジオに現れない文お姉ちゃんを心配して、僕は事務室の彼女のブースを訪れた。


「文お姉ちゃん、そろそろ収録だよ!」


 彼女はパソコンに向かっていて、何かを書き込んでいた。彼女のタイピング速度は秋葉家最速かも知れない。一日に打ち込んでいる文字数が、桁違いなのだ。


「すみません、もうそんな時間でしたか……」


 彼女は何かに熱中していたようで、時計すら全く見ていなかったのだろう。


「ところで、何書いてたの?」


 ふと気になって訊ねてみると、その答えは少し恥ずかしいものだった。


「あなたのことですよリン君。まるで物語の主人公のようでしたから……」


 その物語は、僕の人生にほんの少しの脚色を混ぜた……。いや、モノローグにのみ少しだけ手を加えただけの、ほぼ僕の伝記だったのだ。


「主人公って……そんな……」


 そんな人物ではないと思うのは、僕だけなのかもしれない。


「参りましょう……本日も、ニュースのお時間ですから!」


 文お姉ちゃんはそう言って、僕の半歩前を歩く。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 放送開始。相変わらず、伝えるニュースの内容は僕は知らされていない。僕は秋葉家ニュースにおいて、リアクション芸人である。


「こんにちは皆様。秋葉家ニュースのお時間です! 最初のニュースですが、当事務所所属VTuber、秋葉リンがUtubeチャンネル登録者数世界一位を達成しました。事務所側は、本日の報道から、春風唄を除外することに苦心しました。これについて本人の感想をお願いします」

「え!? いきなり!?」


 確かにやらないわけにはいかないだろう。だって、チャンネル登録者数世界一位はビックニュースだ。それに、秋葉家でやるなら、当然僕は呼ばれるだろう。


「コメントお願いします」


 文お姉ちゃんから、無言の圧を感じた……。


「えっと……。ここまでこれたのって、本当に周りの人のおかげなんですよね! ママが拾ってくれて、秋葉家のお兄ちゃんお姉ちゃんが支えてくれた。そのうち、すごい人に目を付けられて、その人の番組に呼ばれてみたら優勝しちゃって。あれよあれよで世界一位。多分、僕が一番驚いてます。でも、本当にありがとうございます!」


 そうだ、僕のこれまでの道のりは感謝の道のりである。無数の人が僕に関わってくれた、返したい無数の感謝の山の頂き、それがここだったのだ。


「と、本人は申し上げておりますが、兄姉である私としては、こちらこそありがとうと言った気持ちです。もうひとり、彼? 彼女? の兄姉がここにいます。カゲミツさん。コメントお願いします」


 カゲミツお兄ちゃんにだって本当にお世話になった。法律を使って僕をたくさん守ってくれた。


「リンは本当に秋葉家の新しい歴史を切り開いていきましたね。もう、ヤッベェヤツです。ただ、最近制定されたVTuber新法の伸びすぎ法違反を、おそらく更新不可能なレベルで犯したんじゃないかな? どう思いますか? 文判事!」


 いきなり開廷した。突然、僕への断罪が始まった。


「ふぇ!?」


 おじさんが出してはいけない声が、驚嘆と共に口から飛び出した。


「明らかに有罪です! 審議の余地は一切ありません! 有罪! 刑罰はどうなってますか?」


 そんなことを言われても……。


「待って、僕その法律知らない!」


 だから、僕が断罪されるいわれはない。公布されていない法律に、遵守の義務なんてあったらたまったものではない。


「バーチャル六法全書(初版)に記載してあるぞ、リン。さてはお前、忙しくて読んでなかっただろう?」


 確かに、忙しくて全部読む暇はなかった。だって、初版の時点で結構なページ数があったのだ。


「後ろの方に書いたでしょ!? 汚いよ、お兄ちゃん!」

「汚くても、それがバーチャル法だ! ロデオの刑15分に処す!」


 ここは、秋葉家本社である。強制執行装置も当然ある。僕は震えた。試運転は5分だったのだ。


「待って、そんなの死んじゃう!!」


 主に腹筋と背筋が重度の筋肉痛になり、足腰が立たなくなってしまう。


「では、執行官の方お願いします!」


 文お姉ちゃんが言うと、部屋に孔明お兄ちゃんと定国お兄ちゃんが入ってきた。


「待って! やだ! やだ!」


 僕は抵抗するけど、非力さ秋葉家トップを独走している僕では虚しいだけだった。

 僕はロデオマシーンに乗せられ、そのまま拘束された。ロデオは動き出す。僕の腰を縦横無尽に動かす。


「うわっ! おっ!? おふっ!」


 変な声が漏れる。肺が揺さぶられ、勝手に息が漏れるのだ。

 リアルの映像と中継映像、どっちも孔明お兄ちゃんが見ているため事故は起こりえない。ただ、やっぱり僕の腹筋と背筋は死滅するのだろう。きっと、しばらく立ち上がれない。


「関係者様へのインタビューVTRを用意いたしましたので、そちらを見てまいりましょう!」


 ロデオに乗った僕は、あたかも普通の状態でそこにいるかのように、番組は進行してゆく。話を振られて、まともに答えられなかったりするまま……。

 ニュースなのか、バラエティなのか、わかったものではなかった……。

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