第246話・バラエティック・ジャッジメント
「あっ! おぐっ!」
もう痛い、既に痛い。だけどまだ、あと五分。僕の腹筋と背筋は既に悲鳴をあげていた。
「それでは最後に本日はもう一件、訴状が届いているので、第二回秋葉裁判所を開廷いたします」
文お姉ちゃんが言うと、手錠を付けられたママがスタジオに入ってくる。
「あはは、捕まっちゃったー! って、リン君!?」
おそらく前半は、僕にかけるために用意していたセリフ。後半は、僕の惨状を見て驚いたのだろう。
「被告人秋葉未散……罪状を朗読します」
いかにも法定と言った雰囲気を出すために、文お姉ちゃんは淡々と事を進めようとした。
「待って! リン君は乗馬マシーン五分で筋肉痛になっちゃうの! やり過ぎてないよね!?」
既に十分が経過している。僕が今日はもう立てないのは、既に決定済みだ。
「カゲミツ弁護人。被告人に対し、刑罰の妥当性を説明してください」
雰囲気はしっかりと醸し出す。だが、刑罰がロデオマシーンだ。いかにもバラエティチックで、ユルいのである。
ママは心配をしすぎだ。立てなくなったとて、ここは本社。秋葉家の兄姉がどうせ助けてくれる。そもそも、後々を考えると、いいかもしれない。体力がついて、運動神経を手に入れる一助になるかもしれない。
「刑罰の制定理由は、被告人を守る意図を含んでいるものである。伸びすぎに対する嫉妬は発生の可能性を否定できないものであり、法定はその嫉妬を緩和する義務を有する。本刑罰により、体も張ってくれるしなぁ、伸びても仕方ないよなぁ、という感想を発生させるものである!」
知らなかった……。こんなバラエティチックな刑罰なのに、すごく理由がしっかりしている。確かに体を張るアイドルは、人気が上昇した時に納得されやすい。
急ピッチで作られた法律だ。試験運用的な部分も多いだろう。データを集めれば、孔明お兄ちゃんがきっと最適化してくれる。僕は、被検体一号として頑張るのである。
「そっかぁ……。リン君がそれで守られるなら……」
結局秋葉家は、秋葉家所属のメンバーに対して過剰なほど親切だ。
ダメでも、別にいい。でもやっぱり、お腹と背中が辛い……。
「では、裁判を進めます。本件は、被告人が放送外で当事務所所属VTuber、秋葉リンとイチャイチャしたとの通報により立件されました。これは、てぇてぇ不供給罪に該当する可能性があります。被告人、申し開きがあればお願いします」
こんな真面目な雰囲気なのに、ユルい単語が飛び出すのがシュールだ。イチャイチャだとか、てぇてぇだとか……。
「うーん。ごめん、ママやっちゃった……」
ママは素直だった……。ママだし、僕に罪を被せようなんて思わないのは当然である。そもそも多分、それをやろうとしてもなんだかんだ言いくるめられてしまうだろう。
「カゲミツ検事、求刑を!」
さっき弁護士だったのに……。
「てぇてぇ不供給罪は、ペアてぇてぇである場合、関係相手による執行一日を下限として刑が執行されます。今回の件は、長期にわたり違反が発生した点は悪質であると思われます。よって、執行猶予無し! ですが、その要所要所が放映されていた点は、供給の意思があったものと判断します。よって、刑期は一日を求刑します!」
なんだかんだ落とし込んだ、即執行で懲役一日。というか、これに落とし込む屁理屈を楽しむのがバーチャル裁判である気がした。
「ところで、ママに弁護士はいないの?」
弁護士の居ない裁判など横暴である。
「では、カゲミツ弁護人!」
一瞬前には検事だったのに……。
「検事の求刑は妥当です!」
横暴だ、実に横暴だ。だって、同一人物なのだから、そうなって当たり前だ。
「そっか!」
「なっ……とく……しちゃ……たぁ!?」
ママのあまりの素直さに、僕は思わずリアクションを取ってしまった。本当に、ニュース番組とは名ばかりの、バラエティである。
「主文! 被告人を秋葉リンによる懲役一日に処します! 量刑の理由! イチャイチャを楽しんでほしいです!」
量刑の理由に楽しんでほしいが入るのは、一体どんな裁判なのだろうか……。
「なんか、楽しみになってきちゃった!」
ニコニコしながら量刑を受け入れる被告人も被告人だ。突っ込みどころしかない。
「被告人にはバーチャル前科バッジを贈呈します!」
カゲミツお兄ちゃんはそう言いながら、ママにバッジを手渡す。
「ありがとー!」
その時、僕の乗っているロデオマシーンが音を立てて止まった。刑期満了、釈放である。
「ママ、よかったらリン君を連れて行ってあげてください!」
これは間違いなく、孔明お兄ちゃんが絡んでいる。完璧すぎるタイミングだった。
「うん!」
ママは僕の拘束具を外して、僕を抱き上げてくれる。足腰は、絶対立たない気がする。でも……。
「ひとつだけ言わせて。ママ、それ、不名誉なバッジだからね!」
ママの胸元に輝くバッジは、どちらかというと江戸時代に犯罪者に施した入墨のようなものなのである。
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