第244話・文明のラクサ

 次の日、僕たちはまたも放送をした。その放送は至って地味極まりないもの。

 それが始まった理由は、ノラお姉ちゃんが食料を分けてくれたことにたいする恩返しだ。恩返しなんていらないと言われたけど、僕たちは強行した。


 人間とは相互作用的な生き物だ。そもそも、ノラお姉ちゃんが僕たちに食料を分けてくれたのは、強い好意からだ。その行為は恩によって裏付けられたもの。ノラお姉ちゃん的に言えば、課金アイテムの充実だ。それに対する恩恵を秋葉家は、無自覚にノラお姉ちゃんに対してたれながしてきた。


 3Dモデルの供与、秋葉家というブランド力の貸与。それは当然、ノラお姉ちゃんの収益にも影響を及ぼしている。だからノラお姉ちゃんが恩を感じるのは、特段不思議ではない。


 ただ、それはママにとっては無意識なものなのだ。恩返しと言われてもピンとこない。だから、僕たちは恩返しに対する恩返しというまだるっこしいことをしたくなってしまった。


 実際に放送の内容は単なる作業である。細めの木を切り倒し、それを積んで、泥を被せて竈にした。そこに火を入れて、中の木を蒸し焼きにする。そうしてできるのが、次の鍛造放送で使われる木炭である。


 ちょっと、釈然としないのは、力仕事が僕の仕事じゃなかったことだ。木を切って運んでくるのはノラお姉ちゃんとママの仕事で、僕の仕事は木を積むことと泥をこねて竈にすること。


 超原始生活で、なんか楽しかった。

 ノラお姉ちゃん曰く、竈は毎回作ったほうがいいらしい。密閉力の低い竈だと、同じ量の木材からでも、出来上がる炭が少なくなるのだとか。木は成長に時間がかかる。だが、泥はこねればまた使える。


 再生サイクルの早い資源から、優先的に消費するということなのだろう。なんだか、合理的だ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その放送も終わり、僕たちは夜までかけて、本社に戻った。一泊二日の原始生活は楽しかった。

 戻ると、孔明お兄ちゃんに僕たちはいち早く会いに行った。


「よ! おかえり!」


 軽い態度で、僕たちに言う孔明お兄ちゃん。どうやら、お互いにいうことがあるようである。


「ただいまー!」

「ただいま孔明お兄ちゃん! ねぇ、ひとつお願い!」


 ノラお姉ちゃんとの放送。それは、視聴者さん側にもちょっと不便がある気がした。


「おう、なんでも言え!」


 よく考えると、孔明お兄ちゃんの言葉遣いもぶっきらぼうな要素があるかもしれない。でも、それを感じないのは、言葉と一緒に見える態度のおかげなのだろう。


「この前のメガネ型ディスプレイと同じやつ、ノラお姉ちゃんにあげられない?」


 アレがあればどんな放送でも常にコメントを読むことができると思ったのだ。

 ノラお姉ちゃんがそれを便利すぎると感じたなら、送り返してくれても当然構わない。


「あぁー。それな、俺も考えてた。だから、プロトタイプとしてあれを仕入れたって部分もある。んでだ、二つの改造案がある。一つはコンタクトレンズ型モニタ。もう一つは、ゴーグル型モニタだ」


 それはどちらも真逆の改造だ。小型化と大型化。

 しかし、現代の科学は凄まじい。原始的な生活から戻ってきたから、余計にその落差を感じる。だって、あの小さなコンタクトレンズがモニターになってしまうのだ。


「ゴーグルのほうがいいのかなぁ……木の伐採とかすると、木屑飛ぶし!」


 ママはそこに体験者としての意見を加えてくれる。


「遮光モードもつけてみるのはどうだ? 鍛冶師は目がやられることがある。ノラの目がやられちまうのは嫌だからな……」


 更に、孔明お兄ちゃんの知識まで加わって、おそらく理想的なものが出来上がるだろう。


「うん! それがいいかも!」


 本社側の暫定として、ノラお姉ちゃんの放送に新規機材の導入案がまとまった。


「あとは、ノラと話し合いだな!」


 無理やり押し付けるのではないのは、すごく安心である。


「……ところでリン、明日は秋葉ニュースだ。ママは途中から参加、もとい、出廷だ」

「あれ? バカンスは?」


 予定は空だったのではなく、空にしてもらっていた感じだったのだ。


「お前ら、放っておくと勝手に仕事するじゃねぇか……。だったら、片付けなきゃいけねぇのを先に消化させてくれ」


 別にすぐに消化する必要のない仕事、それがまだいくつか残っていた。

 結局僕たちは忙しいのだ。


「わかった!」


 でもどうせ楽しいことだ。前向きに、受け入れていこう。


「ねぇ、ママが出廷って何?」


 ママは首をひねる。


「密告があったぜママ。イギリスでてぇてぇ不供給をかましたんだろ?」


 最上さんとの密約は果たされた。ママを有罪にして、たまには僕が執行するのだ。

 さて、何をしてもらおうか……。僕が甘やかす側に回ってみようか。うん、それがいい。


「えー!?」


 ママは不服そうでもなんでもなかった。むしろ、ちょっと楽しみにしている感じがある。


「ふふふ、最上さんに感謝しなきゃ!」


 僕は僕の中で、執行プランを固める。最後はそうだな……。このママにも、婚約のお願いをするとか。

 執行は、きっかけに過ぎない。断れないような言い回しをするつもりはない。


「それじゃ、今日は解散!」


 孔明お兄ちゃんが言うので、口々に「お休み」と告げてそれぞれの寝床に戻る。僕とママは社長仮眠室だ。

 スケスケ風呂は、恥ずかしい……。

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