第243話・便利な不自由
放送は、夕飯を作りながら行うことになった。放送タイトルは『グロ注意:秋葉製鉄所の野生メシ!』である。
少しだけ、下準備をしてある。主に、火口と薪を竈にくべた。
「んだー! ノラだぁ! 今日はメシ放送だから、もう
放送開始の挨拶はノラお姉ちゃんから。今回は僕たちがゲスト側である。ホストはたてるのだ。
「おチビちゃん達お帰りなさい! ては洗った? うがいした? 今日は、コラボ放送だよ!」
と言っても、最近のママは冷静に考えればコラボしかしていない。なんだかもう、僕なんてデフォルトでママとセットな感じだ。
「やっほー! KC! 今回のコラボはグロ注意! ノラお姉ちゃんの、野生ご飯のご相伴にあずかります!」
こっちに来る途中に捕まえた程度では、三人分のお腹はとてもじゃないけどみたせない。よって、足りない分の食材はノラお姉ちゃんの厄介になる。
野生じゃなくても、文句は言わない。だけど、ノラお姉ちゃんはハイテンションで自分の獲物を分けてくれた。
「二人とも、ペミカン食ったことあるか? オラがよく食う保存食だけんど……」
名前は聞いたことがある。現代ではあまり食べられていない保存食だ。
「ないよー」
「僕もない!」
僕たちが言うと、ノラお姉ちゃんは家の中から壺を取り出した。その中は、白い脂でいっぱいだった。
「ほら、これが鹿のペミカンだ! 肉をな、脂で固めて保存するだよ!」
一般女子の多くはカロリーが高いことを気にする。だが、野生女子はカロリーが低いことを気にするのだ。エネルギー量は、サバイバルにおいて正義である。
「美味しいの?」
痩せ型一般人として、気になるのはそこである。
「どんな料理に使えるかな?」
ママはそんなところばっかり気にしている。
「これだけだと、普通だぁ……。
なんとなく、お酒のおつまみ系の味を想像する。聞くに、スープの具はこれに加えて野菜があれば文句はなさそうである。
「どんな具材がいいの?」
ママはすっかり料理人である。ペミカンが一般的な食卓に舞い戻る時も来るのだろうか……。
「なんでもいいけんど、リンちゃんのイタドリにぃ! ヨモギ! ふき! のびる! ヤブガラシ! まだ、なんか入れてぇもんあっか?」
なんか、今の時期食べられる野草なら、言えば出てくる気がする。そのくらいノラお姉ちゃんはもりもり野草を取り出した。
「調味料は?」
ママが訪ねて、忘れていたとばかりにノラお姉ちゃんは出す。
「課金アイテムだぁ!」
それは、日本人なら誰もが目にしたことのあるだろう、赤いフタのアレだった。
「課金アイテム!?」
それを、そんな風に呼ぶ人を僕は初めて見た。ノラお姉ちゃんは固定資産税と放送機材と洋服以外は、基本無料でリアルをプレイしている。そう考えると、課金アイテムという言い方もあながち間違いではないかも知れない。
「んだ! 百円も課金しなきゃなんねぇだ!」
普通に安いやつである。それをあたかも高級品のようにいうのだ。こんなところがノラお姉ちゃんの放送の楽しいところかも知れない。
「塩だけでいいの?」
「んだ! 香辛料は、野草で十分だ!」
そう言いながら、ノラお姉ちゃんはどんどん具材をちぎっては鍋に入れていく。
「火は?」
訊ねると、本日二度目だった。
「課金アイテムだぁ!」
そう言いながら、メタルマッチを使って火をつけた。
火口の小さな火を、ノラお姉ちゃんは懸命に息を吹きかけて育てた。それは、やがて安定し、鍋に熱を伝える。
「なんかお料理って感じしないなぁ……」
ママが代弁する。そう思うのは、僕たちが文明に染まっている証拠だった。
「昔は、こんなのが料理だっただよ! ほれ、蛇捌くでよ!」
そう言って、また別の壺に閉じ込めた蛇をノラお姉ちゃんは掴んで引きずり出す。
「あ、ママがやる!」
その度胸は余りにも素晴らしい。僕には勇者にすら見えた。
「グロイぞぉ……」
「大丈夫! 魚とか、普通に捌くもん!」
僕には未来永劫無理そうだった……。
「んだば、これ使ってやって
「うん!」
秋葉製鉄所の刃物は全てノラお姉ちゃん謹製だ。切れ味が鋭く、強い鋼だ。
それを使って、ママは容赦なく蛇の首を落とした。
「うわっ……」
溢れ出た血を見て、僕は少しびっくりする。
「都会っ子にはなれねっぺ!」
それは、馬鹿にしているようにも聞こえたけど、別の意味にも聞こえた。それは仕方のないことなのだと。性格から考えて、こっちの意味な気がする。
「アハハ……、どっちかというともやしだしね僕!」
ノラお姉ちゃんが笑い飛ばしてくれたから、僕も笑い飛ばせた。
ただ、ふと気になったのである。
「ねぇ、ノラお姉ちゃんはどうしてずっと文明から離れて暮らしてるの?」
僕が聞いた途端、ノラお姉ちゃんの顔は暗く沈む。そして、それを繕いながら話しだした。
「理由なんて、なぁんもねぇ。便利すぎることに疲れただけだべ! だから、みんな、疲れたらここさ来い! ここは、不便で自由だべ!」
便利になること、それを不自由だと感じようなこともあるのかもしれない。物事には理由がある。ノラお姉ちゃんが、ここにいる理由だってきっと……。
ただ、視聴者さんのコメントを見られない放送は、少しだけ不便だった……。
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