第235話・右へ左へ

 何もない階層は基本的にスキップ。とはいえ次に紹介するのは一つ上の階層だ。

 この構造は理にかなっている。出社して、事務室で利用申請を行う。そのまま上の階に進むと、スタジオフロアがある。利用人数と利用回数が多い順に下からフロアを作っているのである。

 そんなフロアに今向かっている。道中は本当に雑談な時間だ。


「仕方ないのはわかってるんだけどさ、RTSってエッチすぎるよね……」


 目下それが問題である。体型は本人のものそのままだから、裸にほど近い。


「アハハ……確かにエッチだよねぇ……」


 僕は意識させてしまっただろうか。ママは顔をほんの少しだけ赤らめた。


銀:性の目覚めか!? いや、エロいけども!

里奈@ギャル:なんかさ、ビキニなんかより全然えっちだなって思っちゃったよ。リン君のRTS姿が流出したとき。

さーや:多分さ、常識に組み込まれてないからエッチに感じると思うんだ。ビキニってさ、海とか行けば普通に目にするじゃん? でもRTSは、必要な職業かつ、稼いでる人しか着ないでしょ? だからエッチなんだと思う……。

デデデ:さーや氏……考察まで始めやがったwwww

お塩:この人がギャルってマジか? ギャルのイメージじゃないんだけど……。

わー!ぐわー!?:あのスーツなみち×リンとか超見たい……。

ベト弁:エッチだって思うりんちゃんがエッチなのだ!


 さーやさんの考察は、本当にそうなのかもしれないと思わせる説得力があった。

 それはそれとして……。


「みんなだってエッチだって言ったじゃん! 僕だけじゃないもん!」


 最初にエッチだと言ったのは視聴者さんなのに、それを棚に上げて僕を責めるのはひどいのだ。

 ところで、流石に大人の関係はVTuberとして大丈夫なのだろうか。そんな疑問は常について回った。

 結婚をほのめかすのが、僕とママなら大丈夫なのは確認済みだ。だから、大丈夫の可能性はあると思う。


「リン君のその格好、エロ可愛いよ……」


 だが、結構大丈夫なものだった。


Alen:百合を見てる気分になるんだよなぁ……最近の関係性なぁ……。

もう、詰まっとると?:え? 普通に百合だろこれ……

初bread:あぁ、まぁ、そうとしか見えんな……

銀:お前らやめろよ! どっちかに彼氏役押し付けたりするのは! 百合にそういうのないんだからな!


 それは、百合てぇてぇに新たなジャンルを強引に樹立させて、僕たちの関係を百合と誤認させた。僕には、男の娘設定があるというのに……。

 新ジャンルは、リバ×リバと後に呼ばれる。同性同士であるがゆえに、どちらかが彼氏とかではなく、見かけ上も中身も対等な恋愛の形を表すものになった。

 そう、カップルの彼氏側として認識された言葉が変化したのだ。「最近冷たくない?」から、「あれ? 二人ってリバ×リバだったの?」に……。

 都合がいい、なので百合ということにしてしまおう。素知らぬ顔で、中の人の本当

の性別はごまかしておこう。


「あのさ、ママ! ママの方がエロ可愛いに決まってるじゃん! 僕の幼児体型に比べて、破壊力抜群だからね!」


 ゆえに、ちょっと女性らしさを意識した言及。それが、スラスラ思いつくことに自分自身驚いた。


「可愛さならリン君だよ!」

「どうせ、僕には可愛さしかないですよ!」


 そんなド突き合いも板に付いてきた。

 僕の印象は可愛いが主体であること、それに関してはもう諦めた。それに、それは僕の武器なのだ。捨てるなんて、とんでもない。でも、少し格好いいとも思わせたいとも思った。


銀:リン君、男の娘装うのが辛かったら女の子に戻ってもいいんだよ? 末妹でも、俺たちにとっては大切な家族だから……。

デデデ:リン君、いや、リンちゃん……。無理しなくていいからね!

ダン・ガン:どっちどっち!? 分かんなくなってきた! 男の子なの? 女の子なの?

里奈@ギャル:本当にどっちでも私たち大丈夫だからね!

剣崎:本気でわからなくなった……


 一つ、教訓を得た。僕は、女の子としての言動を意識してはいけない。それは、かなりのリアリティを纏ってしまうみたいだ。今回だけは都合がいいけど、二度目は禁止だ。観客の前で、仮面を外したように思われてはならない。

 でも、その仮面と思われているものは、普段の僕。だから、僕は演じないようにすればいいだけである。


「すねないでよ……リン君も本当に可愛いんだから!」


 でも、それには拗ねる。普段の僕だから大いに拗ねる。


「だ、だって、ママ僕のこと女の子としてしか言ってくれないんだもん!」


 少し焦ったふりをしながら。

 これが僕の軌道修正だ。

 だけど、この日を境に、僕の本当の性別について確信を持つ人間は、秋葉家と血縁の人物だけになってしまったのである。

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