第234話・本社紹介

 現在、僕とママは引越しを検討している。と、言うのもママの家には大きめとはいえ一人用のベッドしかない。他にも、お風呂も仮眠室の方が広いし、キッチンも仮眠室の方が利便性が高い。仮眠室とは一体何なのかというのは、もはや哲学である。


 あれは仮眠室ではない。住める。住居としてのクォリティが高すぎる。

 色々とえっちな雰囲気を持っている以外は、カップル向けの最強住宅である。いや、あるいはその雰囲気もいいのかもしれない。


 よって、僕たちは仮眠室に引っ越すことにした。それを決めた瞬間、トラックに乗った定国お兄ちゃんがやってきて、秋葉家の男子勢がわずか半日で引越しを完了させてくれたのである。


 憶測ではある、でもおそらく真実だ。帰国後孔明お兄ちゃんが僕たちをここに宿泊させたのは、ここに住ませるためな気がした。そしてそれは、カップルとしての僕たちを進展させる目的のためだと思う……。


 夜……放送の時間。社内を紹介して福利厚生のアピールをして欲しいという名目で、RTSによる配信をすることになった。本当に僕たちは忙しくて、チャンネル登録者さんたちへの帰還報告も兼ねている。


 普通なら、カメラマンが必要な撮影……。が、ここはVTuber事務所の本社だ。監視カメラが会社にたくさん設置してあるのは、普通のこと。だけど事務所だからこそ、その全てがRTSに対応している。それに、監視目的以外に、撮影目的のカメラも多数設置されている。絶対、とんでもないお金が掛かっているし、未設置の階層もまだ多い。


 更に、孔明お兄ちゃんが仕入れてきたメガネ型モニターと、ヘッドセットを使えば、コメントの監視も音声入力も完璧だ。

 本社ビル内最大の3Dスタジオはこの本社全域だ。従来型トラッキングスーツでは無理だが、RTSなら出来る。


 ……ところで、RTSにメガネにヘッドセット。この格好……なんだか非人間感がある。まるで、アンドロイドのようだ。

 そんな格好で、夜の社内を歩き回る。恥ずかしくて、そして、とてもフェチズム満載な光景である気がしてならない。


 そんな思考になってしまうのも、このあとの予定が影響している。僕とママは夜、ベッドで、えっちについての勉強をする予定なのだ……。教本は言うまでもなく、『偽典:不死の月』である。


 スタート用地点だけ、設置カメラを使う。恥ずかしい格好だけど、放送を始めよう。僕は、プロだ。

 カメラの視界外から、僕はひょっこりと顔を出す。続いて、ママも……。

 近づいて、お仕事開始だ。


「おちびちゃんおかえり! 手は洗った? うがいした?」

「やっほーKC! お疲れ様! 今日も放送楽しんでいってね!」


 このメガネディスプレイすごい……。右目でコメントを、左目で台本を確認できる。更にモデルからはみ出した部分は、メガネやヘッドフォンのアクセサリで隠せばいい。使い勝手が100点だ。


「ママたちは、昨日イギリスから帰ってきたよ! でも、旅疲れで寝ちゃった……。ごめんね!」

「だから、今日は帰ってきた報告と、本社の紹介に来たよ!」


 僕はママに合図して、再度言葉を繋げる。


「みんな……」

「「ただいま!」」


 ここだけ声を合わせる。それだけが、今回の台本だ。

 二人で言うと、コメント欄がおかえりで溢れた。それが、なんとなく嬉しかった。

 スタート地点のすぐ隣にある扉を最初に開いた。


「ここが、秋葉家事務室です!」

「孔明君が、ずっといるところだよ!」


 事務室なんて、見てもあんまり楽しくはないかもしれない。だから、さっさと紹介を終えて、次へと行こうと思った。その時だった。


「よう!」


 パソコンモニターの向こうから、孔明お兄ちゃんが顔を出した。それはいい、いるのはわかっていた。

 と、言うのも今回の放送、カメラの切り替えを行っているのは孔明お兄ちゃんだ。


「うわ!?」


 だけど、不気味なマスクを被っているなんて誰も思わないじゃないか……。


婆ショック:げぇ! 孔明!?

銀:マスクwwww

デデデ:画面が明るいからいいものの……

ダン・ガン:ホラゲーかよwww

お塩:てか、孔明さんのブースやべぇwww

Alen:これなんてScienceFantasy?

Mike:会いに来たよおおおおおおおおおお!

ベト弁:おい、イギリスで何があった!?


 コメントはいつも愉快だ。みんなの倫理観と言いたいことの融合地点になっている。


「あはは……」


 Mikeさんのコメント、孔明お兄ちゃんの姿、二つ合わさって苦笑いしかなかった。


「つか、ママ驚かんのな?」

「孔明君がいかにもやりそうなことだもん!」


 なんというか、これは完全に親子のやりとりだと思う。


「ま、そうだな!」


 孔明お兄ちゃんが本気で驚かせようとすれば、きっともっと別の方法を取るのだろう。そして、おそらくママでも驚くだろう。そんなことをされたら僕は泣く自信がある。今回のでも、ちょっと怖かったし驚いた。


 きっと、孔明お兄ちゃんはこういうことに全力を注がないのだ。

 だけど、これだけ言いたい……。


「驚かさないでよ!!!」


 だって、まだ心臓がバクバクしているのだ。本気は出してもらわないように予防せねば。


「すまんすまん」


 孔明お兄ちゃんには、笑い事にされてしまった。いたずらっ子は困る。


「事務所だけ見せてても、視聴者さん多分つまらないから、ママたち行くね!」

「おう、楽しんできてくれな!」


 そんな会話をして、別れを告げて、僕たちは上階を目指す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る