第220話・Temporary period

『私は、君たちをイギリスに招いた者として、聞いておきたい。どんな旅だった?』


 一言で表すなら、これ。そんな言葉を、僕は何度もこの度の間、心の中でつぶやいていた。


「まるで、異世界の旅だったよ! あっちもこっちも、新鮮なものばっかり! 楽しくて、素敵な旅だった!」


 異世界の旅だ。僕は本当にそう思っていた。他にも、まだまだ表現できるものはたくさんある。でも、今でなくてもいい。


『ママ、君は?』

「リン君と同じことも思ったよ。でも、ママはついでにこうも思った。リン君と二人っきりになる時間が本当に多くて、たくさん話せてよかったなぁって。ちなみにね、みち×リンてぇてぇは永遠だから! ぜーったい解散しないからね!」


 僕にもそんなつもりはない。そんなつもりはないけども……。


「なんで言っちゃうの!?」


 僕があえて隠していた部分だ。僕はまだVTuber業界……いや、バーチャル芸能界の懐の広さを信じていなかったのだ。


「どうせだからさ、日本に帰ったら、バーチャルな結婚式でもやらない?」


 そんな事をしたら炎上すると思った。


さーや:めっちゃ気になる! どっちがドレス着るの!? 二人とも着ちゃう!?

里奈@ギャル:でもさ、リン君の新郎姿も見たくない?

ベト弁:結婚式にオーケストラは如何か?

お塩:ギター出番ない(´・ω・`)

チャイが好きィ!:お前、目からお塩出てるぞ?

初bread:お塩を煽るな! あと、多分出番作ってもらえるぞ?

銀:ちょっと楓さんに電話してくる。clockchildがドレス提供してくれる可能性あるし……

デデデ:神父役考察スレが7chに出現したwwww http://www.7ch.thred.id=10488879723


 思いがけず、肯定的な意見が雪崩のように舞い込んでくる。みんな、協力的だ。

 もう、隠しているのもアホらしくなってくる。


「もしも……僕がママと一緒になるって言ったら……みんなはどうする?」


 だから、僕は訊ねてみることにした。僕と満さんの二人旅、だってそれは、本当に全力で恋愛した旅だったから。


銀:交換条件がある。だが、全力で応援する。

さーや:いやわかるっしょ? 満場一致で祝福よ? お幸せに!

デデデ:ちょっと……興奮します!

Elsa:にやける……かな?


 今は、画面のこちら側にもファンの人が居た。


「式に呼んでくだサイ!」

『非常に楽しみだよ……』


 そこには、それが本当に結婚を目指したい僕の気持ちに気付いている人がいて。それとは別に、秋葉リンの中の人が女性だと思っている人もいる。だから、僕と満さんの関係を女性同士の恋愛だと思う人さえいて、混沌としていた。


 同性だから結婚できないと思っている人、そして本当に結婚するんだろうと思っている人。そんな二つの種類の人間がいた。


「リン君は、ママのリン君になってくれるの?」


 その発言が、次の夏マケを賑わせる結果を呼び寄せる。カップリング戦争は起こる前に公式発表によって終戦した。みち×リン固定である。


「えっと……そういうことになるかな?」


 でも、その代わりに僕の満さんになってもらうつもりだ。


銀:待て、俺らってママのおちびちゃんだったよな? つまり子供だよな? 俺ら、みち×リンの間から生まれたってことか!!??

デデデ:天才的で変態的な発想にあっぱれだ!

ダン・ガン:理想のご両親である……

里奈@ギャル:おちびちゃんの第二の両親が確定した瞬間である!!

Alen:Amazing!


 そんな馬鹿な話しが飛び交っていて、ついでに海外ファン勢ここにもいる。


「パ……パパがキュートすぎる!!!」

『ひとつ真面目な話をしよう……。子供からの性的虐待には十分注意するように!』

「え!? 僕が虐待される側なの!!??」


 それは、ブラックジョークの類だと思う。そうであることを願う。


「あ、いいこと思いついた!」


 急にママが言った。


「悪い予感しかしないけど、何かな?」


 冷や汗は止まらず、さりとてとれ高のために訊ねない選択肢はなかった。


「パパうざいって言われたら、お姉ちゃんになっちゃえばいいんだよ!」

「性的虐待ってそれ!!??」


 パパという自認が虐待の対象になる可能性を感じて僕は冷や汗を流す。それと同時に、それを都合よく受け取った視聴者さんおちびちゃん達が一斉に書き込んだ。


おちびちゃん:パパうざい!


「早速虐待されてる!!?? 待って! 今、ゴスロリだから!」


 だから、これ以上僕が姉役に寄せるのは無理だ。

 そんなツッコミをしていると、また変態的かつ天才的なコメントが投下される。


銀:いや待て、そもそも弟設定だったよね? 末っ子だよね?

ダン・ガン:秋葉家の家系図は混沌を極めている!!!!


「格下げだあああああああああ!」


 一瞬パパ呼ばわりされたら、末弟に回帰してしまった。こんな上げて落とすを経験するのは、きっと世界で僕だけだ。

 でも、こうやって話してわかった。僕達は、ガチであることをあまり隠す必要もないみたいだ。

 浮気報告みたいなコメントをされたときは、それも含めて楽しめばいい。


「もうすぐ時間だから言うね……。ママはイギリスに来て本当に良かった! 本当に、かけがえのない時間だよ!」


 かけがえのない、僕だってそう思う。満さんを苦しめてしまった時もあった。それでも、かけがえのない時だと思いたいんだ。だって、イギリスに来てなかったら僕はいつまでたっても、恋人にはなれなかった気がするから。


「ママがそう言ってくれると、嬉しいや。僕の判断に付き合わせちゃったからさ……。僕も、本当に楽しかった。終わっちゃうの、寂しいや!」


 そう言って僕は笑う。VTuberとしての、アイドルの顔で。


『招待して、本当に良かった。次も胸を張って招待できそうだ』


 その顔は、Simonさんの前で崩すことはできない。だから、満さんの本当の気持ちはいつか聞けたらいい。それを聞いて、僕の最終結論を出そう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る