第221話・Entertainer

 5月4日、本日イギリスでの全日程が終了する。


 BGT決勝戦、出場者は四人。その全てが、僕のツブヤイッターのフォロワーであり、僕も彼らのフォロワーだ。こんな状況をFFというのだったか。


 言語の壁が存在するのは、僕とそれ以外の三人の間だけ。それなのに、彼らは気を使ってか、そのやりとりの全てをツブヤイッター上で行った。


『誰が勝っても恨みっこなしだぞ! ここまで来た以上、全員が全員素晴らしいアーティストなんだ! お上品に行こう!』


 アークさんのメッセージだ。彼は、もはや漆黒の紳士だった。少年とは思えぬ程に、誇り高い。


『終わったあと、四人で写真撮ったらバエると思わない? 下品かしら?』


 逆に爛漫な、白人の女性マジシャン。彼女は、自分の意見を下品かと問いながらもその本質は上品なものである。言語の壁を踏破しているのだ、ここで人種なんていうものは石ころにも満たない壁である。ともかく、いっしょに楽しもう。そんな意見だ。


『俺たちアーティストだろ? 下品も上品もあるもんか! かなぐり捨ててエンターテインメントだ!』


 メッセージを送りながら、大笑いするのはまたも白人の男性コメディアン。

 コメディアンらしい意見だと思う。上品なことばかりでは笑いは取れない、かと言って下品すぎては失笑される。だからこそ、美しい下品さが必要なのだ。彼のコメディーはそういうものだ。


『みんな、僕に気を使わなくていいんだよ? そのせいで、僕たち無言じゃん……』


 僕は言う、その気遣いは嬉しい。だけど、みんなを邪魔するのは嫌だ。


『べ、別に……! アンタが話に入ってこないのが寂しいとかそういうのじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!! ……ツンデレってこれであってる?』


 僕は、ちょっと笑ってしまった。でも、普通に言われていたらきっと泣いてしまっていた。

 そんなメッセージを送って、彼は僕をニヤニヤと見てくる。何を期待されているのか……。


『馬鹿ね……。ツンデレは、ツインテールとセーラー服を装備して初めて萌えになるのよ! 髪を伸ばしてから出直してきなさい!』


 マジシャンが言うと、コメディアンはがっかりしたような、でもどこか嬉しそうな表情をした。それは、ユエさんが、おいしい展開と感じている時の表情に似ていた。


『リン、ツンデレの本場としての意見はどうなんだい?』


 アークさんが僕に訊ねる。


『うーん……。キャラクターごとに適したツンデレの形態があると思うよ! コメディアンの彼には、ツンデレを笑いの種にするさっきのやり方が最適だと思う! あっ、僕がツッコむべきだったのか……』


 文字を打ちながら、僕は模範解答に気付き、ちょっとだけ惜しいことをしたと感じた。


『いや、君は我々にお手本を見せるべきだ! さぁ、本場日本のツンデレを! さぁ!』


 コメディアンの彼が、そう執拗に迫って来る。そんなことを言われても、僕はツンデレキャラではないし、周りにそういったキャラは居ない。

 強いて言うなら、シルフェさんだろう……。ツンが少し入った、所謂クーデレキャラだ。

 困った僕は、こう説明することにした。


『最初をちょっと吃音して、語尾にだからを付ければツンデレになるよ!』


 僕が言うと、コメディアンは何か悪い顔をした。

 それ以外の二人は、首をひねっていた。これは、日本人向けにはわかりやすい説明。だけど、“だから”は結構いろいろな意味があって、単体で上手く英訳ができない。

 機転を効かせて、最上さんは自分なりの説明を投下してくれた。


A 'tsundere' isツンデレは a person who is恥ずかしくなって embarrassed and says本心とは真逆のことを the opposite of what言ってしまう they meanという意味です.』


 そこに、コメディアンさんが、まるで日本人のようなボケを投下した。


『こ、子だから……!』


 きっと、どこかにメモをしていたのだろう。僕は、それをイギリスで目にするとは思っておらず思わず吹き出してしまう。

 マジシャンとアークさんはそれに首をひねったが、すぐにコメディアンは言葉で補足する。


It's pronouncedこれはこう発音するんだ "ko, ko-da-ka-raこ、こだから".Meaning意味は it's like子供を having a授かった childみたいな感じ.」


 そうすると、今度は僕が普通で、代わりに二人が吹き出した。


『ツンデレの女の子って大変なのね……』


 なんというか……、日本に対する誤解が深まった気がする。

 ただ、そこに壁はなかった。白人、黒人、黄色人種、三種の人種が集まってみんなでワイワイとやっている。性別も、男性二人、女性一人、そしてちょっとわけのわからない僕が一人だ。


 これから、戦う相手なのに決していがみ合うことがない。みんな、エンターテインメント以外の全てを放棄している。ただ、それだけでしか戦うつもりがないのだ。

 上品下品の区別すらない。あるのは、全員が楽しめているか否かだけ。それは、結果として本当に上品な空間だった。

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