第218話・Great man

 昨日の収録、終わったあと僕はお腹がいっぱいだった。いや、いっぱい過ぎた。体内のエネルギーが飽和しているのか、夕食は本当に少ししか食べられなかったのである。


 小さいから満さんにからかわれ、ちょっとしたじゃれあいに発展した。正直、結構楽しかったのだ。


 ところで、予定表……本日の位置にシークレットの文字……。これが怖いのだ。未知なるものは怖いものである。

 その時、無情にもその未知は既に、すぐそばまで来ていたのだ。

 転がり込むノックの音。続いて、最上さんの声が部屋の中に響き渡った。


「リン様、満様。本日のご予定をお連れしました……」


 つまり……、今日の予定はコラボだったのだ。もう、どうにでもなれ……。そんな気持ちになった。


「はーい!」


 扉に向かっていく満さんの後ろ姿が、巻き上げられていく断頭台の刃のように見える。


 ……扉が開いた。

 その向こうには、イギリスに来て二度見た、僕のファン屈指の大人物が立っていた。


「Hi! Rin Akiha&Mum! I was looking forward to meeting him in private!」


 そんな、英語でまくし立てられても僕には理解できない。それを察してか、最上さんが直ぐに通訳をしてくれた。


『彼は、プライベートで会うことを楽しみにしていたと言っています』

「いらっしゃいSimon君! リン君は奥に居るよ!」


 それに満さんは一切たじろがない。それどころか、親しげだ。

 一方、僕はというと……震えている。だって、昨日のような自分のための街を実現しかねない人物。それが、向こうからやってきてしまったのだ。


「Thanks!」


 そう言って、Simonさんは部屋に入ってくる。

 そして、僕のそばまでくるとカタコトの日本語で言った。


「キチャッタ!」


 何を恋人に言うような態度で言っているのだろうか、世界の音楽プロデューサー。

 彼ほどの人物から、初めて聞いた日本語がこれなんて、あまりにあまりだ。


「Simon. Who taught you誰がその言葉を that word教えたのですか?」


 僕は思わず、訊ねる。


It's him彼だよ.」


 その指さした先にいたのは、最上さんだった……。


「何教えてるんですか!!?? 変な日本語教えないでください! どうするんですか!? イギリスの人が、日本人の家にお邪魔するときの挨拶はこれだって覚えちゃったら! シモンさんは有名人なんですからね! シモンさんが言ったら、真似する人多いんですからね!」


 それを、しっかり翻訳してシモンさんに伝える最上さん。全く反省の色が見えない。

 僕はもう、少し頭が痛くなってきた……。

 だが、帰ってきた言葉に僕は安心した。


『いや、私が頼んだんだよ……。彼は最初『オジャマシマス』と答えた。でも、それは普通だろ? もっと、インパクトのある言葉を色々候補に挙げてもらったんだ』


 だからといって、それを選ばないで欲しいのだ……。心臓が止まるかと思った。


「これ、放送のネタにいいね!」


 と、のんきな満さん。僕は、昨日とは別の意味の半笑いになった。


「はぁ……。改めまして、シモンさん! よく来てくれました!」


 彼が、来るのが今だったのには理由がある。それに関しては、放送にて話すことになった。


『歓迎ありがとう! ずっと話したかったんだ! 今、こうやって、プライベートで話せて、私はちょっと感動しているよ……』


 嘘だ。ちょっとじゃない。目が潤んでいた。


「僕も嬉しいですよ! でも、なんで嬉しいかは今は言いません。やるんですよね? 僕とコラボ!」


 そうじゃなかったら、本当にただ遊ぶだけ。でも、最上さんは予定と言っていた。


『あぁ、もちろん。やらなきゃいけないだろ? 君たちの第一次イギリス遠征を締めくくる放送を!』


 イギリスでやったたくさんの仕事。これまで見たこともなかった、異世界のような旅。それは、絶対にやるべきことだった。


「はい!」


 僕の一年と少し……本当に、波乱万丈で、奇想天外だった。毎日ありえないことの連続で、ありえないが日常になった。


『なら、私も同席させてくれ……』


 そんなの、聞かれるまでもない。


「もちろんです!」


 考えるまでもない。


「じゃあ、イギリス最後の生放送、はじめよっか!!」


 少し、寂しいものである。このイギリス旅行も明日決勝戦、そして明後日帰国だ。

 今思えば、シモンさんは第一次と言っていた。また、僕をイギリスに呼んでくれるつもりだろうか。彼は優勝を確信しているのだろうか……。

 その両方であっても、何もおかしくはなかった。

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