第217話・A city for you

 それはもう、僕のために作られた小さな町と呼んでもいいだろう。現実感なんて、数時間では追いついてこない。それはもはや、大国の王族にでもなったかのような気分だった。

 ただ、そんな僕たちにもしっかり救いはあって……。


「Hi Rin & Mum! ブフッ!」


 と、屋台の店主さんはMikeさんを見て必ず笑うのだ。僕達は、視聴者さんから必死で笑いをこらえているから半笑いと思われるだろう。

 そう、半笑いになってもいい環境をMikeさんが構築してくれたのだ。失敗しても成功になった、あの環境と少し似ている。


 さて、仕事の部分も行わなくては……。

 ママには店主さんと話してもらい、その間に僕は英語圏のフレンドリーな文化を解説する。


「HAHAHAHA! Sorry Wait a minuteごめん、ちょっとまって.」


 そのつもりだった……。どうやらMikeさんの格好は店主さんのツボに入ってしまったようで、会話なんてとても出来る状態じゃない。


A great man大丈夫?」


 僕だったら、別の言い方を選んだだろう。少し悔しいけど、満さんは僕より英語力が高い……。


「英語圏の接客は、丁寧というよりフレンドリーなんだ! 英語が得意だったら、世間話とかもしても大丈夫かも……。もちろん、列が出来てない時だけだよ!」


 なんだったら、食べ終わるまで店主さんと話していてもいいかもしれない。コミュニティ力が強化されそうな社会である。

 それに、別に英語圏だけではない。日本によくある、ケバブ屋さんも一緒だ。暇だと、店主さんが話しかけてきてくれる。そこで、僕は思いついた。


「あ、ケバブ屋さんで練習するのもいいかも! トルコの人もフレンドリーだよ!」


 ただ……僕は絶対にお嬢さんと呼ばれるけど……。格好のせいである、仕方がない。

 この発言は、僕のアドリブで、それをMikeさんは気に入ってくれたようだ。カメラの向こうで、Mikeさんがサムズアップしている。


「「フブー!!!」」


 それがあまりに面白くて、背を向けていた満さん以外が吹き出す。

 だめだこりゃ……このままでは撮影が難航する。とはいえ、この撮影には最初から一日を費やすつもりだ。多少の難航は問題にならない。よって、Mikeさんはそれをやめてくれることはないのである。


Thank youおま for waitingたせ!」


 差し出されたのは、小さなコップに盛られたいちご練乳とフルーツジュース。日本でも手に入るけど、気分が違う。日本なんてものは、僕たちにとっては実家だ。安心感VS新鮮さである。


「Thanks!」


 そう言って、満さんは受け取って振り向く。

 振り向いてしまったのだ……。

 瞬間、満さんの視界に飛び込んだであろうおもしろ外国人なMikeさん。

 満面の笑みで、まだサムズアップをしている。

 彼はきっと、笑わせないと気がすまないのだ。


「ブフー!」


 犠牲者三人目が発生したのである。

 Mikeさんももうちょっと手加減していいと思うのだ。ともかく、迫力を出したまま満面の笑みでサムズアップはやめてほしい。僕らの腹筋に悪影響だ。

 よく見ると、満さんは四人目立った。最上さんが笑いをこらえて震えているせいで僕にも見える。

 それでも、仕事はちゃんと続けなくてはいけないのだ……。


「僕達は……一口大ですが……プッ……視聴者の皆さんが買う時は……もっと大きなコップに入ってます……」


 なんとか言い切れた……。笑いをこらえるのが本当に辛い……。

 ところで、これは非常に贅沢だ。いろんなお店の味を一口づつ食べて回る。だから、一日で食べられる味のバリエーションが半端ではない。


 味に関して……。とても美味しかった。少し酸味の強いいちごにたっぷりの練乳は非常に相性が良かったのだ。甘味と酸味が口の中で調和する、日本のそれだけで美味しいいちごとはまた違った味わいである。このためのいちごと、このための練乳を一緒にいただく。それは、正しく料理だった。


 日本は素材がチート過ぎて、料理ではない。素材だけで美味しすぎる。悪いわけではない、どっちを楽しみたいかである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 僕たちのための屋台通り、その最終到達地点はおやつのお店だった。時間と、腹具合、全てが意外にもそれにちょうど良かった。

 フレッシュなものが多かったので、ジャンクなものが食べたい気分だったのだ。

 看板には、狐色の揚げ物が。


Excuse meすみません, what is thisこれはなんですか?」


 僕は店主さんに尋ねてみる。


That isこれは Deep-fried Mars Barマーズバーを揚げたものだよ.」


 多少英語力もついてきたのだろう。それなりに意味が分かる。

 マーズバー、ヌガーというナッツ入りの柔らかいキャラメルのようなお菓子をチョコレートでコーティングしたものだ。


 イギリス人はなんと、チョコレートをからあげにしてしまったのだ。

 重そうではある。だけど、それはちょっと欲しくなっていたジャンクな味。むしろ、ジャンクオブジャンクである。


「I'll have two, please!」


 二個ください。そういう意味である。


「OK! Wait a minuteちょっとまってね


 そう言って、店主さんは、油の中にマーズバーを投入した。

 その後、今日何度目か……、Mikeさんが店主さんを爆笑させる。僕は、すっかりなれて、ついでにこの環境にも慣れることができた。

 人間の順応力は凄まじいのである。

 しばらくして、僕達は件の揚げマーズバーを受け取る。


「美味しい!」


 これがかなり悪くないのだ。衣のサクサク感、そして、内包するエネルギーが脳にドーパミン放出指令を出す。


「ホントだ! もっと重いと思ったのに……」


 それは、暴力だった。カロリーの暴力で、重いという感想を殴り飛ばしたのである。

 ただしこれはジャンキーの範疇を逸脱している。摂取には、注意が必要だろう。

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