第211話・Majestic

 歌い終わると、僕の世界は収束した。そして、客席からもれたのは遺憾のため息だった。


 呆然とし、飲み込まれた心をやがては取り戻す。そしてようやく、観客の方々は立ち上がった。

 拍手を、盛大なる賞賛を、この身体で表現しうる最大の賛辞を。自分の中にある最大の賛辞の言葉を、彼らはやがて見つけた。


「Magnifica!」


 それは、MalumDivaの中で使われた、悪魔に対する歌姫の賞賛の言葉。Majesticのラテン語、王に手向けられる言葉だ。

 あたかも僕が、歌唱の王であるかのように、僕はその言葉を浴びた。

 それは、放っておけばいつまでも続いてしまいそうで、シモンさんが止めることでやっと終わった。


Vos magnificaあまりにも素晴らしい!」


 はっきりと、シモンさんが言う。それもまた、英語ではなくラテン語であり、最上さんより僕のほうが詳しい言語だ。

 そもそも、ラテン語マニアックな言語である。現在ではヴァチカンで使われる程度だろう。


『リン、聞いたね? ここにいる観客、三千人。彼らは、君の歌との別れを悲しんだ。私もその一人だ。評価するまでもない、史上最高だ。そして、君はこの歌をどこまで表現するつもりなのかな?』


 そんなものは決まっている。これは、僕の原点。最初に歌った、僕のための歌。そして、絆だ。この歌には無数の意味がある。だからこそ……。


The utmostどこまでも!」


 僕の命が尽きる、その瞬間まで磨きたい。


『素敵! 言葉にできないほど素敵! ねぇ教えて! 一体どうしたら、そんな声が出せるの!? 本当に、魔法の歌よ!!』


 リーシアさんは、興奮して立ち上がる。二人きりであれば、きっと根掘り葉掘り全部聞こうとするのではないか。そんな、迫力があった。


「えっと……ありがとうございます……」


 あまりの迫力に僕はたじろいでしまって、そんな部分も含めて最上さんは翻訳してしまった。


『ごめんなさい。少し、興奮してしまったわ……』


 そう言って、リーシアさんは渋々席に座った。


『彼女が興奮するのも、分かる。あれだけ素晴らしい歌を聞かされて、興奮しない人間はきっといないだろう。もっと聞きたい! 死ぬまで聞きたい!』


 ベタ褒めというのも、ここまで来ると少し怖かった。そんなに歌ったら喉がかれてしまう。ただ……まぁ……。


「Thankyou……」


 褒めてもらえること自体は、とても嬉しかった。


『すっかりセリフを取られちゃったわ……。だから、私は冷静に評価しようと思う。そう……冷静に……冷静に……。やっぱり無理よ! あんなの普通じゃない! 歌ってたのは天使だって言われた方が納得できるくらい! 正気なんてクソくらえよ!』


 褒め言葉として、最大級を突き詰めるとそうなるのかもしれない。それはもう、人間扱いではなかった。


「Th……Thankyou……」


 気圧される。だけど、ここに来て良かった。

 実家から投げ捨てられて、今はこの世界で息をしている。きっと、これでいいのだ。これこそが僕の自己実現。そして、僕の得た正当な評価。


『投票を始めよう。デイビッド!』

『Magnifica! ……意味はYESだ!』


 すると、その言葉にシモンさんが激怒した。


『おい、それは私が言いたかった!』

『HAHAHA! 私が先に言ったんだ!』


 それを、デイビッドさんが笑って流す。そして、アマンダさんがたしなめた。


『これじゃ、先に進まないわ! リーシア!』


 進行は、代わりにアマンダさんだ。


「YES! You are Divaあなたこそ歌姫!」


 翻訳はいらない。僕には伝わった。


『すまなかった……アマンダ!』


 気を取り直して、シモンさんが進行に戻る。


『YES! 気をつけてね、天使が聖歌隊に勧誘しに来るかもしれない!』


 それが、賞賛の表現だとわかっている。でも、もし本当に来たら断るつもりだ。僕は悪魔満さん崇拝者である。


『さて、最後に私だ。もちろん、YES以外はありえない。君は、世界を熱狂させるだろう。三千と四つのYESを、足にでも括りつけようか? そしたら、天使も重すぎて諦めるだろう……』


 それだけ、大きなYESを送ったつもりだという表現なのだと、僕は受け取った。

 ただ、ちょっと奴隷チックなのでやめていただきたいところである。


「Thankyou……でも、天使にはちゃんと自分で断ります!」


 それが翻訳されると、会場にはちょっとした笑いが起きたのだった……。

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