第210話・My own origin

 アークさんのダンスはやっぱり圧巻で、全てを奮い立たせる力がある。今回彼が演じたのはクレーンゲームの景品のようだった。ホラーテイスト&コミカル。彼は、自分の頭の中の世界を、この世界に遺憾無く出力してしまう、無欠の演者だ。

 それはもう、笑えるほどの強敵。むしろ、優劣をつけられてしまうのが勿体無いなとすら思ってしまう。


 次は僕の番だ。アークさんは、退場するとき僕に軽くウィンクをくれた。

 僕は歩き出す。ブーツを鳴らして、堂々と前に進む。彼に気圧されてしまわないように。


『やぁ、リン。準々決勝は見事だったよ。ギターは持ってきてくれなかったのかい?』


 シモンさんが問い、それを最上さんが翻訳してくれる。


「はい、もし決勝に進めたら持ってきます!」


 そのつもりだ。でも、ここで敗退してしまったらシモンさんに悪い。せっかく貸してもらったのに。そんなのは、今気づいたことだ。


『待ってくれ、君、ギターもできるのかい?』


 デイビッドさんは、素直な疑問を向けてくる。確かに、歌だけ歌っていたし、ギターができるなんて自己紹介はしていない。


「ええ、少し……」


 と、僕が答えると、アマンダさんは言った。


『あなたは可愛くって、歌さえ誰もたどり着けないレベルのものを持っている。無理にギターなんて披露する必要はないのよ?』


 僕は、典型的な日本人である。だからついつい謙遜した言葉を使ってしまいがちで、その言葉をそのまま受け取られてしまったみたいだ。


『あぁ、アマンダ。日本人の“少し”は信用しないほうがいい。……彼のギターは、私が素直に感激するレベルだ』


 シモンさん、今絶対彼女と言おうとした……。だって、小さくsの発音が聞こえた。

 その言葉を聞いて、アマンダさんは信じられないような目で僕とシモンさんを交互にみた。


『OK……あなたを侮ることは、今後生涯絶対しない。最大限期待してもどうせ大丈夫なんでしょうから……』


 と、リーシアさんは苦笑いをした。どうやら前回、僕は彼女の期待をしっかりと超えることができたみたいだ。なら、今回は絶対超えられるだろう。


『さて、リン。何を歌ってくれる?』


 なぜなら歌うのは……。


「MalumDiva!」


 その歌だから。


「WTF!!??」

「Oh my god!!!!」

「「Why!!??」」


 みんな、納得が行っていないのが見て分かる。客席もざわめいている。


『何故だ!? なぜ決勝まで待てなかったんだ!? それは君の代名詞だろ!!??』


 シモンさんは猛抗議だ。でも、どうしてもの理由があるのだ。


「どうか、ここで歌わせてください。決勝には、歌いたい歌があるから」


 と言っても、厳密にはそれはまだない。だから、僕は今日断固としてMalumDivaだ。

 BGT会場で歌える機会は三回。内一回はこの歌を歌わなくてはいけない。

 今、配信やCDで手に入れられるMalumDivaの音源は初期のものだ。あの時は完成と思っていた。だけど、僕の歌唱力は前提ごと変わっている。

 出せなかったアルト音域の声、基音ではなく倍音を聴かせる技術。それだけじゃない、僕の人生はこの一年毎秒豊かになっていったのだ。絶対に、今なら別のものを出力できる。


『後悔はさせないでくれるんだろうね!?』


 まるで、蛇睨みのようなシモンさんの視線。だけど、僕には覚悟があった。


「お約束します」


 だから、僕はそう言い切る。


『なら、いいだろう……』


 と、シモンさんはそれを渋々受け入れてくれた。

 少しして、伴奏が始まる。誰も彼も、決してこの氷獄から逃がさない。僕は邪教の歌姫だ。悪魔に捧ぐ愛の賛歌を、誰もを魅了する呪いの歌を。

 壊れ、狂い、捻じ曲がる感情の激流を……。悪魔の持つ、悠久の魅力を……。


 全て歌おう。ここは僕の世界だ。僕が絵に描いた幸福なる地獄を、ここに広げよう。

 声は絵筆だ、息は余白だ。その全てを使って描く、僕の絵空事。


 僕が歌う間、僕の声と伴奏、それ以外の一切の音が僕の知覚範囲から消失していた。そう、呼吸の音さえ……。

 誰もが、息を潜めて、ただ耳だけを研ぎ澄ましていたのだ。


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