第212話・Crime of not providing

 4月27日……、新月。きっと、ずっと昔なら、明かり一つもなかっただろう。

 それなのに、街は明るくて、綺麗で……。


「ねぇ、リン君。MalumDiva、また上手になったね! ママ、客席で聞いてて鳥肌立っちゃったよ! すごかったぁ……」


 いろんな人に褒めてもらった。でも、なんだかんだ言ってこれが一番嬉しい。


「あのね……」


 僕は言いかけた。でもやめた。伝えるのは最後にしよう。


「ん?」

「やっぱり何でもない!」


 そう言って、誤魔化した。

 満さんの過去に何があったのか、それはほんの少しだけ推測できる。でも、今与えられた情報はまだ足りなすぎるのだ。

 過去と今、別人格と見紛うほど解離した理由。それは、きっとどこかにある。分たれた理由が……。

 だから、伝えるなら全部知ったあとにしよう。


「なにそれ!?」


 ただ、僕たちは歩く。会場から駐車場は少しだけ離れているから。


「まだ、内緒なの!」


 それは無意識に、子供のような言葉を選んでいた。


「そっか、じゃあ聞かない!」


 そう言って、満さんは笑う。

 ふと、気がついた。寄りかかり、甘える相手に安心する満さん。そんな彼女に、僕は無意識に自立した態度ばかりをとっていた。彼女の一番不安な時期に。

 僕は、人の心に寄り添うのが不得意なのかと、少し落ち込んだ。


「あのさ……今夜は僕が甘えてもいいかな?」


 昨日は満さんだったから。それと、今満さんがあまりに元気で不安だから。

 結局、これは歪んだ恋慕なのだろうか。依存されることに依存する。そして、それにさらに依存する。お互い積り重なった依存の上に、ただ離れられないだけなのだろうか。


「もちろん!」


 そうでなければいいなと、僕はただただ願うだけ。あるいは、もしかしたらそれこそが恋の本質なのかもしれない。


「ありがと!」


 そんな話をしていると、唐突に最上さんが現れる。気づけば、もう車の前だった。


「今見たことは、文判事に通報致します」


 やってしまった、てぇてぇ不供給罪が成立してしまう可能性がある。

 でも、こんなことを言えるのは、平穏の証だろう。難しく考えすぎていたのだ。


「うぅ……はーい……」


 僕は、観念して車に乗る。

 ドアを閉める寸前、最上さんは僕に耳打ちした。


「今回は満様を立件してもらうようにお願いします」


 そうなると、僕の役得である。普段できないことをしよう。満さんをドロドロに甘やかすのだ。

 逆おててないないなんて、いいかもしれない。でも、満さんほど上手く出来るか不安だ。


 逆側から、最上さんのエスコートで満さんが車に乗る。

 Mikeさんがエンジンをかけ、車が出発した。


「何話してたの?」

「あ……いや、何でもないよ……」


 本日二度目である。


「さっき、秘密押し通したよね!?」


 流石に、今回は無理だろうか……。そう思ったとき、天から助けが降りた。


「甘やかしの免罪符ですねと……そう言っただけです」


 すると、それにMikeさんが反応する。


「NO HENTAI! だけど、おててないないはOK!」

「Mike様。18禁アニメではありません!」


 僕は、その意味がよくわからなかった。


「ソレ系……関係あるの?」


 えっちなことは、まだ恥ずかしい。直接表現することにすら、抵抗が有るままだ。


「HENTAIは、えっちなアニメを指すスラングなんだよ」


 と、満さんが耳元で囁く。

 僕は、このいらない知識を初めて獲得した。


「っ……!」


 好きな人から、そんな事を言われるなんて、誰でも心臓が壊れそうになるものだ。僕の心臓は早鐘を打ち、頭からは蒸気を逸して黒煙が上がる気分である。


「あはは、真っ赤になっちゃった!」


 そう言って、満さんが僕を笑う。


「もう! もう!」


 完全にからかわれてしまった。

 よくよく考えてみれば、満さんは僕に性的なからかいかたをするのはこれが初めてかも知れない。


「OH MY GOD!!! 後部座席が、ミチ×リンてぇてぇ空間デス!」

「これは、また文判事に通報する内容が増えましたね!」


 秋葉VTuber裁判所は、文お姉ちゃんが判事、そしてカゲミツお兄ちゃんが弁護士である。

 さて、満さんにどんなことをお願いしようか……。


―――――――

 読者様へ……予告失礼いたします。


 本作品もカクヨムコン応募作品。ですので、更新を加速させていただきたいと思います。

 具体的に、次の土日をもちまして、一日二話の更新とさせていただきます。

 完結までのお時間は早まる事になりますが、ご理解とご協力をお願いいたします。

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