第208話・Moon age6.4

 それから、特に変わったことはない。イギリスに来ている、それだけで変わったことであるとは言えてしまう。

 だけど、僕にとってはそれは変わったことじゃない。だってそもそも、僕の日常はそれまでの27年とは別世界だ。

 つまり、僕が言いたいのは満さんになんの変化もないということだ。


「明日だね!」


 そう、明日。


「大丈夫? 僕、舞台に立たなきゃいけないけど……」


 それが一番心配だ。でも、僕と満さん、二人の関係はこれまでより強い絆でつながった気がする。


「やっぱり生意気!」


 そう、言われるのは予想していた。そして、望んでいた。


「あはは!」


 それはもう、聴き慣れていて、安心の響きに変貌している。安堵の笑いが、口をついて出た。


「ママ、ずっと何も言わなかったけど指輪してるよね?」


 深く考えないようにって言ったから、満さんはそれに言及しなかったのだろう。

 なら、なぜ今言及したのか。


「うん」


 不安は、孕んだ瞬間霧散した。


「これがあると、よくわかんないけど安心するんだ。これって、約束の指輪じゃない? リン君が離れないって約束」


 正確にはそれは、婚約指輪だ。でも、婚約の中にそれは含まれている。

 それに、今の満さんと交わした約束ではない。それは、つい数日前の、遠い過去に交わしたものだ。


「そうだよ」


 だから、今はそう思っていてくれればいい。でも、今の満さんが望んで、いるかもわからない三人目の満さんも許してくれたなら……。あるいは、好きになってくれたなら。

 ただの願望だ。


「やっぱりね! だから、ママは大丈夫! それに、これ以上を望んだら、それこそ一生リン君のおててをないないしちゃわないとじゃん!」


 別のところなら鍵をかけておくこともできるのではないだろうか。そんな風に思ったのは僕だけの秘密だ。

 だから今は……。


「あはは、そうかも!」


 そう言った。


「ごめんね、ママ、リン君に考えないでってお願いされたのに、どうしても気になって」


 確かに、それは満さんがよく考えた結果だ。だけど、僕のお願いの本質は一切傷ついていない。満さんは表面だけを、綺麗に破り捨てたのだ。


「お願いは……守られてるみたいなもんだよ。満さんに傷ついて欲しくないからしたお願い。そうわかったから、そういうふうに考えたんでしょ?」


 目の前の人間が前に進む実感は嬉しいものだ。

 なるほど、これが愛かも知れない。アガペーとエロスの混ざり合う特異点。そこにこそ、本物の愛があるのかもしれない。

 確か、毛利元就。三矢の訓さんやのおしえ。一本の矢は容易く折れるけど、三本なら折れにくい。僕は今二つだ。

 エロスが途切れても、アガペーはつながる。アガペーが危機に瀕したなら、それをエロスが助けてくれるだろう。

 だから、きっと途切れることはないのだ。

 ……既に三矢。そんなことに気づかないまま僕は、そんな事を考えていた。三本目の矢は、僕が少し無視をしているだけである。


「ねぇ、リン君……。ママのこと子供扱いしてない?」


 そう言われて、ドキッとした。


「えっと……ごめん。一応、そんなつもりじゃなかった」


 そうなのかもしれない。確かに、成長を喜ぶのは親の目線かもしれない。

 でも、僕は偽善者だ。好きな人が幸せに近づくのは嬉しい。そんな気持ちのつもりでいる。


「リン君はママの子卒業しちゃうんだね?」


 それは、悲観も諦観も含まずまっすぐ飛んできた言葉だった。


「え?」


 まっすぐだなんて、それはあまりに意外だ。


「だって、ママって呼んでくれないもん。すっかり生意気になっちゃって。でも、そんなリン君なのに、絶対帰ってきてくれる気がする」


 あぁ、ついに口にしてしまっていたのだ。僕は、満さんと彼女をまた呼んでしまった。

 でも、今度は歩幅が一緒だったみたいだ。満さんは、そう呼ばれることを受け入れてくれた。

 長い、一週間だった。


「隣を歩きたい……。なんていうのは、生意気かな?」

「うん。すっごく!」


 そう言った、満さんは太陽と見紛うばかりの満面の笑みだったのだ。

 僕は、そんな満さんに呆気にとられた。


「生意気だから、これからはママも甘えることにする!」


 僕は、肩を並べることを、満さんから直接許された。


「本当に?」


 思わず我が耳を疑った。


「本当だよ」


 溢れそうになる涙を、僕はぐっとこらえた。不安だったのだ。僕はいつまでたっても、それを許されない気がして。


「嬉しい……」


 喉が詰まった。しょっぱくて、顎がぐにゅぐにゅている。


「じゃあ早速! ママをぎゅーして! 明日、リン君がステージ行くの寂しいから!」


 そんな、お安い御用だ。むしろ、そんなもの得しかない。


「うん!」


 僕はそう言って、ベッドで満さんと抱きしめあった。

 その日はもう、ずっとそのままだった。

 でも、満さんは甘えるのが下手くそだ。もっともっと、何があっても、僕が離れないことをアピールしなくてはいけないだろう。



―――――――――――――


読者の皆様へ。ここで、宣伝を失礼します。


新作:空狐なクー子はリアルです! ~もふもふお稲荷ママ、大切な狛狐のために頑張ります! 神様のお仕事と配信業! VTuberって言っておけば、狐でも大丈夫なんだよね!?~


https://kakuyomu.jp/works/16817139557821716696


こちらの作品では満のようにママ属性を持った、お狐が主人公となっております。

本作弟Vでは果たせなかった、ケモ耳生やしまくる野望を叶えた作品となっています。

VTuber要素は少し薄まっていますが、本埜自身、自作の特徴となっていると思える優しさにあふれたキャラクターはむしろこっちこそが濃厚と思っています。

もふもふ優しいお狐ママに癒されたい! 神様として頑張る、お狐ママを見たい! だけど、どこかポンコツなところがある女神様をからかってみたい!

そんな方々に自信をもってオススメする作品です!

もうちょっと、本埜作品で暇を潰したい方もぜひぜひ!

お暇な折にご一読ください!


では読者の皆様、毎度お読みいただき心から感謝です!

これからもよろしくお願いします!

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