第207話・Mute

 ホテルに戻ると、フロントのホテルマンが僕に話しかけてきた。


「秋葉リン様……。シモン・コーウェル様より、ギターを預かっております。持ってきていなかったら困るから貸すと……」


 確かに、僕はギターを持ってきていなかった。飛行機に乗るなんて初めてだし、その時に乱暴に扱われたら嫌だったから。

 安物の方なら持ってくることもできたが、BGTで安物をかき鳴らすわけにもいかないだろう。


 でも、シモンさんは僕にギターを弾いて欲しかったみたいだ。

 受け取るかどうかは一瞬迷った。だけど、すぐに僕は思いついたのだ。

 大変だし、時間も足りるかどうかわからない。でも、浮かび上がってきてしまったものは仕方ないと思った。


 とりあえず、M,M,294,440,588,740。そこから始めよう。入れ替えも必要だ。


 その時まで、僕の頭の中にだけあればいい。


「シモンさんに、お礼を伝えてください!」


 そう言いながら、僕はそのギターを受け取った。


「かしこまりました」


 口を噤み、静かにそれを成そう。離れることすら無い彼女にさえバレないように。


「ねぇ、リン君。もしかしてBGTでも弾くの!?」


 それを知ってか知らずか、満さんは僕に訊ねてくる。


「うん、弾くよ!」


 満さんに伝えたいことがあるから。


「へー、曲は?」

「内緒!」


 そう、内緒だ。全部。

 でも、伝えておいてよかったかもしれない。僕が弾くのは満月ではない事だけは。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 部屋に戻り、RTSに着替えて、放送を始める。


「おちびちゃんおかえり! 手は洗った? うがいした?」


 前に放送してから、間が空いてしまった。


「やっほーKC! お疲れ様! 今日も放送楽しんでいってね!」


 だというのに、チャンネル登録者数なんて減らない。いつもどおり、視聴者さんたちはコメントをくれた。


銀:放送の時間だああああああ!

里奈@ギャル:おかあさんといっしょじゃああああああああああ!

Elsa:バアアアアアアアアニング!!!

デデデ:ラアアアアアアアアアアアブ!!!

ダン・ガン:それあかんて!!!


 今日はElsaさんがコメントしているのが笑える。でも、昨日のことは願わくば黙っててもらえますように。


「ごめんねKC! 昨日放送休んじゃった……。イギリスで張り切りすぎて、疲れちゃったんだよ!」


 休んだことなんて、そんな風に言っておけばいい。多少は可愛さでゴリ押しだ。

 低身長童顔女声、大いに便利だ。

 そんな僕を、満さんは、なんだかものすごい形相で見てくる。


「リン君の癖に生意気ー!」


 次の瞬間、そう言いながら僕を抱きしめて、二人でベッドの上を転がった。


「うわはははははは!」


 それが、なんかすごく楽しい。でも、よしてほしい。おっぱいがあたっている。


銀:みち×リンてぇてぇがなんか一気に熟成してない?

Mike:一年モノとは思えないね!

Elsa:いやぁ……何があったんだろね……

さーや:ねぇ、誰か詳細!!!

お塩:雨でも降ったんじゃないか?

バッバ:地固まるってか!?


 雨なんて生易しいものじゃない。霹靂へきれきだ。台風だった。

 でも、その実態はキューピットでもあった。だから、熟成して当然だろう。


「内緒!」


 これは、僕と、幼い頃の満さんとの秘密だ。いつか、満さんが望んだ形になるまで。


「聞いておちびちゃん! リン君最近調子乗ってるの! ママをエスコートしたり、ド突きまわしたりするんだよ!」


 そうなるまでは、深く考えない。それは、満さんと僕の約束だ。


銀:リン君、おめでとう。そして、( ゚Д゚)<氏ね!

ベト弁:おう、銀……何があった?

銀:言えない、言えないが生意気だ!!!

Elsa:今日は銀くんが暴走してますね……ナニガアッタンダローナ


 きっとElsaさんは全部察している。きっと、銀さんのことも。それでいて黙ってくれているのだ。


「銀さん、一つ……。低身長はステータスだ! 希少価値だ!!」


 僕は、少し古いその言葉を引用した。だからきっと、銀さんも楓さんとうまくいく。そんなメッセージを心の中で添えながら。


銀:やっぱりリン君が生意気だあああああああああ!


「だよね!」


 多少の意味の違いを孕みながら、同じ言葉を口にするのは傍から見ていてとても面白い。

 こんな生意気を言っているが、ようやくスタートライン。この難しい恋を、僕は必ず成就させてみせるのである。

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