第206話・Magical history

 開館前、ギリギリの時間に僕たちの仕事は終了。ここからは、僕たちが大英博物館を自由に見学する時間だ。

 とは言っても、この時間に行う行動も結局イギリス観光協会の得になったりもする。写真を撮ったり、それをアップロードしたりするからだ。

 なんだかんだ言って、何も影響を与えないように行動するというのは、もう不可能である。インターネットに残す痕跡一つ一つが五千万にとって意味を持つ事象だ。


「えっと……うん、こうしよう!」


 そう言って、満さんが送信ボタンをタップすると、ツブヤイッターに一つのつぶやきが投稿される。

 写真と一緒に、文字が……。


『父の子プトレマイオスは、この地に集うようにとおっしゃいました。我らに、その即位を寿ことほぐ権利をお与えくださったのです』


 ロゼッタストーンの内容の一部を、かなり脚色したものである。


「聖書風?」

「そのつもり! だって、キリスト教の国だしね!」


 なんとなく、とてもワクワクするのだ。翻訳文が手元に有るのに、それを自分で解読している気分になる。そう、考古学者ごっこをしているようなのだ。

 歴史の特異点を前にこんなにもはしゃいでいいのかと思うが、それでいいとも思う。だって、びっくりするようなものが目の前にあるのだから。


「ねぇ、Mikeくん。写真、これで大丈夫?」


 僕たちは、ついでに勉強もできる。プロのカメラマンが、後ろに控えていてくれる。それも、一線級の人が。


「GOOOOD! いい写真ダヨ!」


 Mikeさんはそう言いながら、両手でサムズアップした。


「こっちはどうですか?」


 僕がとったのは、ロゼッタストーンの前で投稿をしている満さんだ。でも、別のことをしているように見えるはずだ。


「OH!! ママが、翻訳してる!? Nice!!!」


 こっちもいい写真と判定が下る。僕の目論見どおりに見えたみたいで、少し嬉しくなった。

 ちなみに、この写真に添える文章はこうだ。『ママが、考古学者に入門!』。ミスリードしてもらう気満々である。満さん本人の投稿と合わせて、余計にそう見えるだろう。雰囲気はバッチリだ。


 実際ロゼッタストーンに書いてあるのは、単なる歴史の一部。もう少し、事務的な書き方なのだ。

 ガイドの紳士がいた、仕事での見学も楽しかった。それぞれの展示品の解説をもらえるのは、とっても貴重な経験だ。


 だけど、自由に回るのも、それはそれでまた別の楽しさがある。そして、ガイドもしてもらえないなりの楽しみ方が。それは、冒険家になった気分である。

 僕たちは、仕事で回った部分も含めてゆっくり回る。見れなかったものや、もうちょっとじっくり見たかったものを中心にだ。


 満さんの撮影回数が一番多かったのは、ギリシャ・ローマのエリアだ。いろんな角度から撮影し、平面に落とし込んでいく。今後、それが満さんの画風とも融合するのかもしれない。

 ただただ、満さんが活き活きしていた。それも、僕にとっては楽しい理由だ。

 楽しい理由、探せばいくらでも見つかる。多すぎて、キリがないほどに。それは、僕が幸福であることの証左に間違いない。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 昼食をはさみ、見学は続く。自由に、そして気ままに。

 でも、どうしても見なくてはいけないと思うのはやはりウルの王墓の出土品。

 現存する最古の王族の国の民として、今は無き最古の王族を知りたいと思ったのだ。


 紀元前2600年、それは余りにも旧い歴史だ。

 それを目の前にした僕は、こう思ったのだ。


「古代文明ナメてた……」


 驚く程色鮮やかだったのだ。それは、最初に見たエジプトの出土品が主に石で作られていたせいでもある。

 だが、これはそうではない。いや、もちろん石も使われている。ただ、普通の石ではなく、ラピスラズリや大理石などだ。それをどうやってこれだけの量を見つけたのか見当もつかない。もしかしたら、今とは別の科学があったのではないかとすら思えてくる。

 ロマンだ……。学校で勉強した世界史以上のロマンが、目の前にあるのだ。


「綺麗……」


 それが、満さんの感想。

 それは、無闇矢鱈に宝石や貴金属を使ったものではない。その色合いが最適だから選ばれているに過ぎないのだ。


 人類文明の三つの起源は、こんなにも色鮮やかである。

 さらに奥に進むと、再びエジプトの出土品と相対することになった。


 わけがわからなかった。彼らはさも当然のような顔で、様々な色を使っている。それが、褪せていないのが不思議でしょうがない。

 本当は、あったのではないだろうか……魔法。本当は、神は昔地上に降りてきていたのではないだろうか。


 だが、彼らはきっと自分のことをあまり語らなかっただろう。だからこそ、様々な解釈をされて、数多の神話が生まれたのではないだろうか。

 そんな風に思ってしまうのだ。

 そのくらい、歴史が不思議でしょうがなかった。

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