第200話・ Betrothal
ようやく落ち着きを取り戻した満さんは、少し申し訳なさそうに言った。
「ごめんね……落ち着いた……」
こうやって、取り乱したこと自体がよくないと考えるのは、割と精神年齢が高いのではないだろうか……。よく考えればそうだ。
「誰だって混乱することはあるから!」
正しいのかはわからないけど、自責の念に対してそれは有効だと思う。
「うん……」
と、満さんは認めてくれた。
「せっかく街に来たんだから、買い物しよ! 何が欲しかったの?」
思考はいい方向に向かうようにしよう。落ち込んでいるとき、希望はいい薬になる。
「指輪!」
さっき、精神年齢の高さを感じたばっかりなのに、また幼く感じた。
とても少女的だと思う。実際、将来の夢がお嫁さんと言う少女は少なくないのだ。
「わかった! じゃあ、ジュエリーショップを探そうか」
でも、満さんの体はしっかり大人だ。そんな彼女の指に合う、おもちゃの指輪はきっと存在しないのだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
やっぱり、イギリスはファンの人が多い。地図を眺めている時、ファンの人が助けてくれた。ジュエリーショップを探している旨を伝えると、具体的に行き方を教えてくれたのだ。
ただ、僕が英語に苦戦している姿を微笑みながら見守るのは、恥ずかしいからやめて欲しい。かと言って、イライラされるのはもっと嫌である。
そんな、ちょっとした冒険を経てたどり着いたのはBottom of the Boxというお店だ。
そういえば、ジュエリーショップなんて初めて入る。モデル撮影の時に散々使ったのに、ちょっと薄情かも知れない。
「Hiya」
そこは小さなお店だった。だけど、取り扱っている商品がそもそも小さい。故に、小さな店舗でも種類は豊富である。
日本と違い、海外の接客はフレンドリーである。この挨拶は、とてもイギリスらしいものだ。
「Hi.
だから、僕もフレンドリーに接する。それが、正しいのかは正直わからない。
一方、満さんはというと……。
「ねえリン君! すごい綺麗だよ!」
と、ちょっとはしゃぎ気味だ。
「Over here!」
と、店員の人は棚を指差してくれた。
「Thanks!」
と、僕は返事を返すと、満さんの手を引く。
「まずは、指輪を見ない?」
別に、買うものは指輪だけでなくていい。これでも世界一のVTuberである。多少の贅沢は許されるだろう……。好きな人のおねだりに、財布の中身を気にしなくていい程度には。
「うん!」
僕は満さんの手を引いていく。よく考えたら、女性をエスコートするのも初めてか……。
ショーケースの中には、様々な指輪が並んでいる。デザインも、多種多様だ。ハートがモチーフだったり、ネックレスのようなデザインだったり。宝石だって、全部についているわけでもないし、ダイヤモンドだったりルビーだったりする。
満さんは、どれをつけても似合いそうだからずるい……。でも、どうせだからほかの指輪と一緒につけてもいいものにしたい。今、考えることではないが……。
「これ、どうかな?」
だから、僕はネックレスのようなデザインのものを選ぶ。
「じゃあ、それにする!」
と、満さんは即決してしまった。
「いいの?」
僕は聞き返す。
「うん! 婚約指輪なんだもん!」
それは、あまりに無邪気だった。
「婚約!?」
それをプレゼントしようとしているのは、僕だ。この満さんは僕との婚約を受け入れてくれている。そう思うと嬉しかった。
「おっきくなったら、リン君と結婚するの!」
まるで、幼馴染がするようなおさない約束。それは僕に向けられた。
だが、僕が大きくなることはない。流石に28だ。おじさんの身長はもう伸びないのである。そう考えると切なくなった。約束は、果たされることがないのかもしれない。
「そっか、じゃあこれにしよう」
でも、果たされないとしても、それを贈れることだけが嬉しかった。
「うん!」
結局、僕たちは買って店を出た。
僕は切なくて、でも満さんはとても幸せそうで。僕たちの間には、少し認識のズレがあるような気がしてならなかった。
この満さんは、僕の年齢を正確に把握しているのだろうか……。
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