第201話・Prinse

「うーん……」


 婚約指輪を買った幸せそうな顔が一転、今は少しなにか思い悩んでいるようだ。


「どうしたの?」


 思わず尋ねてみた。


「新郎様っぽくない……」


 そんな答えが返ってきて、僕は少し落ち込む。やはり、身長が足りないのだと。


「あーうん。ごめんね?」


 やっぱり、女性にとっての理想の男性像とは、自分より背が高く頼りがいのある男性なのだろう。


「ん? 何が? それより、お洋服買いに行こう!」


 僕は少し考えすぎるようになっていたようだ。単純に、この服を言っていたのだ。

 よく考えればそうだ。僕の最も新郎らしからぬ部分、それは服だ。多少女顔の男性など、どういうわけがごまんと居る。そういう人たちだって、結婚をして幸せになってきた。現代とは、多様性の世界だ。


 そもそも、それを言ったのは、“幼い頃”のと言う枕詞がついただけで、満さんだ。身長ごとき、顔立ちごとき、気にすることはない。いや、それはそれとして魅力と捉える人である。


「うん、行こうか!」


 僕の気持ちは、まるで晴天のように晴れ渡った。

 本質なんて、何も変わらない。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 フェミニズム、女性の多様化を認めてもらう活動だ。参政権の獲得を目標とした活動から始まり、社会進出を推進し、女性の清濁を併せ呑むような活動となり、最終的には女性というものにすらこだわらなくなった。

 ここ数ヶ月では、その活動は特に混沌としている。少女向けのマニッシュブランドが設立され、少年向けフェミニンブランドが設立された。フェムを名乗っているのに、男性の多様性まで受け入れる活動にシフトしているのだ。


 その理屈はこうだ。心が女性であれば、それは我々が支援するべき女性である。

 混沌の原因は、広くなりすぎた懐である。

 Little prinse。それは、子供が両性装を楽しめるように設立されたブランドだ。だからprinceとprincessのスペルが混ざっている。

 そして、流行は大人の服と子供服のブランドが隣接することである。親子でショッピングを楽しめるようにと言うチャリティー的な文化だ。


 にしても、意外だ。女装するきっかけが満さんだったのに、男装するきっかけも満さんだなんて。


「うーん……下ろしてるのもなんかなぁ……」


 髪型は好みだと思う。


「うん、僕もちょっと女の子っぽすぎると思った」


 僕の髪型といえば、下ろしている、あるいはツインテールだ。


「サムライ・テールはどうですか?」


 後ろから、ぬっと現れた金髪の女性。


「わっ!?」


 思わず、驚いて僕は少し飛び退いた。


「ごめんなサーイ……。びっくりさせちゃいました! 私、リンちゃんエクストリームラブ勢なので、どうしても声かけたくなっちゃったんデース!」


 なんというか、日本語が歪だ。日本人並みに話せるような気がする。それが、日本人の作り上げたイギリス出身と言うイメージをなぞっているように見える。


「あ、いえ。大丈夫です。ところで、サムライ・テール?」

「ポニーテールのことデース! 男の子っぽい格好をするときは、サムライ・テールって呼ぶようになったんデース!」


 なんというか、彼女の口調には絶対モデルがある気がする。

 胸元に名札があることに気づき、それを見てみると。Elsaと書いてあった。


「え!? もしかして、コメントくれたりしました!?」

「OH、認知されてマシタ! 嬉しいデース!」


 普通に話していいのに……。


「リン君……」


 いけない、満さんを少しほったらかしにしてしまった。


「僕にポニーテール、似合うと思う?」


 だから、僕は満さんに訪ねた。


「うん!」


 意外にも、この満さんはいつもの満さんよりも嫉妬深くない。


「OH、ミチ×リンてぇてぇ……リアルで見られるなんて……」


 いつもの感じではないことが、ちょっと申し訳ない。

 僕の左手首には、髪留めのゴムがいつもある。そうすれば、気分で髪型を変えられるからだ。


「ママがやってあげる!」


 と、満さんが言うので、ゴムを渡してみた。


「お願いしていい?」

「うん!」


 満足そうな表情で、満さんは僕の髪を束ねた。出来上がりは……やっぱり満さんだ。安定のクォリティである。


「ありがとう!」


 多分だが、自分でもできると思う。ツインテールを作れる人間に、ポニーテールが作れない道理は無い。

 それから、僕は服をかった。紳士風のレディースのジュニア、と言う極めてニッチなものを。

 鏡に映った自分は……多分過去で一番カッコいいのではないだろうか……。レアだと、Elsaさんは喜び、そして満さんもはしゃいでいた。

 写真を撮られてしまったし、拡散されるのは確実なのだろう……。別に減るものではないし、VTuber活動にも影響を与えないためOKした。

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