第188話・Palace

 今日の僕たちの仕事は観光アピール。

 僕が、VTuberであるにも関わらず、外見が周知されているのを利用した特殊な撮影だ。コンセプトは、親子旅であり、実際のカメラマンはMikeさんだが、ママが撮っていることを装う。今更ながら、僕が今もVTuberであることを維持している理由は一体何なのだろうか……。


 一応、服の下にはRTSも着用している。後で使うのだとか……。

 最初の観光目的地は、シェフィールド宮殿。僕たちの泊まっている、ザ・ゴーイングからも見ることのできる観光名所だ。

 ここは本来王宮であり、中に入ることはできない。だが、今回は特別に入ることができてしまうらしい。


「リン君、シェフィールド宮殿楽しみだね! 女王様が住んでるんだよ!」


 視聴者さんに向けた導入を、ママがカメラの後ろから言う。楽しみなことは確かで、実際僕自身ワクワクだってしている。


「う……うん」


 だが、実は今それどころじゃないのだ。おっぱいに頬ずりしたり、どこにもいかないでと直球に甘えたり。朝の僕はやりたい放題だった。それが、今でも恥ずかしくてたまらない。

 ゴシックロリータの衣装を揺らしながら歩く、金具が音を立てて揺れている。


「あれ? 昨日のことがまだ恥ずかしいの?」


 昨日のこと……それは一体何のことだろうか。疑問には思うが、放送外の出来事でママへの恋愛感情を知られるわけには行かない。


「な、なんのこと!?」


 とぼけた風を装って、それをうまくごまかす。尊師のへーほー書、5ページだ。

 実際さすが孔明お兄ちゃんで、それはよく役に立っている。


「なんのことって、リン君の寝顔が全国デビューしたことに決まってるじゃん!」


 逃がさないよとばかりの言葉。僕のさっきの言葉の意味が、本来の意味だったとしても、今の意味でも、反応はどうしても一緒になる。


「寝顔……デビューって……。寝顔、映したの?」


 結果、先に不安が募り。


「固定カメラだからねー。何もしなくても映っちゃうよ!」


 それが、羞恥に急変していく。

 もともとの羞恥が重なり、顔が一気に熱されて、沸騰したかのようにすら思えた。


「わああああああああ! 放送終了してよぉ!」


 恥ずかしくて、街の往来。僕は羞恥の慟哭をあげる。


「えー? もったいないじゃん!」


 もったいないとかそういう話ではない。恥ずかしいのだ。VTuberとしては映されることも仕事だ。確かに、それは疑いようもなくとれ高になる。だけど、羞恥心が拭えるわけでもない。

 尊師のへーほー書、1ページ。『羞恥心もまたとれ高である』。と書いてあるのだから、もう逃げ道はない。


「ばかぁ……」


 結局、僕にはそう言うしかないのだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ザ・ゴーイングとシェフィールド宮殿は非常に近い。よって、僕たちはすぐに宮殿にたどり着いた。

 門のすぐそばには、赤い服を着て山のような黒い帽子をかぶった人が居る。


「えっと、確か……。英国近衛兵さんです! 特徴的な、黒い帽子はベアスキン。ナポレオン戦争から続く伝統だと言われています!」


 前もって、それを教えてもらっていた。気分は、観光ガイドである。


「うんうん! よく覚えてたね! えらいよー!」


 そう言われてしまうと、頭に『子供』とついてしまいそうだ。


「もう! もう!」


 ゆえに僕はおこである。

 さて、宮殿見学だが、基本的にかなり特権的な対応であり、時間がきっちりと決められている。自由行動も当然できない。

 それに関してはむしろ気が楽だ。下手に自由に行動をさせられて、王室の職務を妨害してしまったら死んでしまう。法に裁かれることがなくとも、罪悪感でしばらく死体に変容してしまう。だから、正直に言うと助かっている。

 予定時刻三分前、待ち合わせの場所に侍従と思われる燕尾服の青年紳士がやってきた。


「秋葉様ですね。本日はこの宮殿の紹介をよろしくお願いします」

「こちらこそ、貴重な機会を恵んでいただきありがとうございます!」

「よろしくお願いします!」


 僕とママはそう、返事をした。

 驚いた、こんなところにも日本語が堪能な人が居た。あるいは、僕のための臨時職員かも知れない。


「さて、リン様。あちらに、近衛がいますね?」

「はい!」

「少し見ておりましょう。魔法が解けますよ!」


 近衛兵の人といえば、職務にどこまでも忠実だ。それはもはやロボットなのではないかと、疑いたくもなるほど。さすがとしか言いようがなく、完璧な職務態度である。


 やがて、その近衛兵に、別の近衛兵が近づいてきた。交代の時間だ。

 彼らはお互いに敬礼を交わし、位置を入れ替わる。

 もともと、職務を行っていた方の近衛兵の人は僕に近づいてきた。

 彼は僕の前まで来ると、足を踏み鳴らして立ち止まり。そして、僕に敬礼をしてくれた。

 もう一度、足を踏み鳴らし。踵を返して、宮殿へと入っていく。


「はっ!? すごい体験しちゃった……」


 初めてのイギリス旅行でこんな体験のできる日本人がほかにいるのだろうか……。イギリス旅行は、満足しかないのである。


「ねー。近衛兵の人がファンサしてくれるなんて、貴重だよ!」


 と、同意するママだが……。


「敬礼のひとつくらいは、してもらえることもありますよ。交代後、限定ですが」


 つまり、タイミングがしっかりしていればもらえないこともないファンサだったのである。

 ファンサと言ってしまうのが正しいのかどうかは非常に微妙なところだが……。

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