第184話・After noon

 イギリスといえば紅茶、そう思っている節が僕にはある。イギリスの紅茶は美味しいし、種類も豊富だ。

 Mikeさんはテレビの撮影を疑いたくなるような巨大なカメラを構えている。僕らはRTSを着て、その撮影に望む。正直に言えば、ものすごく恥ずかしい。


「Mikeさん。ホテルマンの方が間もなく来ます」


 時刻は、ロンドン時間で午後四時。ちょうど、アフタヌーンティーの時間だ。


「カメラ回しマース! 3……2……1……アクション!」


 最上さんがカチンコを鳴らして、放送が開始された。


「おかえり、おちびちゃん。ては洗った? うがいした? 今日はママ、イギリスの超一流ホテルに来ています!」


 超一流というか、イギリスにロイヤルワラントのホテルは一つしかない。僕たちが泊まっているここだけだ。


「KCのみんな! お帰りなさい! その名も、ザ・ゴーイング! 女王陛下が宿泊するのと同じタイプの部屋に泊まれちゃいました! いいのかな?」


 恥ずかしさを出さないように、僕はもう全力だ。どうにかこうにかギリギリで放送をしている。

 最上さんは、大きなタブレットを持って、カメラの向こうで構えた。そこには、コメントが映し出されていた。


銀:リン君が絵になってる!

さーや:一泊百万以上するところじゃん! でも、納得……

デデデ:あの伯爵が言ってたとおり、王家かもしれん!

わー!ぐわー!?:ロwwイwwヤwwルwwワwwラwwンwwト

麻辣:部屋が美しすぎるwwww

Alen:Mike役に立ってる?

ダン・ガン:秋葉家やべぇ……


「一泊百万円!?」


 ママですら、そこまで高いホテルだとは知らなかったらしい。

 今回、僕たちはお金を払っていないのだ。観光系の企業案件として、ここに泊まることが予定されており、宿泊費は依頼者とシモンさんで払ってくれた。


「ひゃくまんえん……」


 僕はそれを実際に見たことがない。百万円と言う数値でのやりとりは経験している。むしろ数値だけならそれ以上だ。だが、ここに一泊するには札束が必要なのだ。恐ろしいにも程がある。

 僕たちが混乱していると、そこに助け舟のようにノックの音が転がり込んだ。


「レディ秋葉! アフタヌーンティーをお持ちしました」


 ふと、随分昔にフルーツパーラーでマドモアゼルと呼びかけられたことを思い出した。


「ナンパな人……じゃないよね?」


 ここは、英国一のホテル。そんな人が居るはずがない。そもそも、その呼びかけ方にも自分に酔った雰囲気などない。こちらを敬ってのレディだとわかる。

 僕は慣れないから、小声で確認した。


「貴族扱いだよー。やっぱり、イギリスといえば貴族だからね」


 それはイギリスの特色と言える。未だ貴族の風習を残す国は少ない。


「そっか……」


 でも、僕までレディなことを、その時気に止めなかった。


「どうぞ!」


 ママは扉の向こうに呼びかける。

 赤いジャケットを着た、貴公子の如く整った顔立ちのホテルマンが、カートを押して入ってきた。

 カートの上には、アフタヌーンティーのセットが乗せられている。

 見られるのが恥ずかしい……。理由はわかるけど、思わずにいられない。どうしてRTSはこんなにボディラインを強調するのだろうと……。

 ホテルマンは、セットをテーブルに移してくれる。食器一つとっても美しかった。


「本日のアフタヌーンティーはダージリンをベースにブレンドされたものです。トワイライトから取り寄せています」


 当然それも、英国王室御用達のメーカーなのだろう。

 それに、ティーカップに注いでくれている途中だが、すごくいい匂いだ。本当に、夢のような空間に様変わりしていく。


「いい匂い……。これじゃ気分は王子様だよ!」


 レビューを忘れない。これも、仕事である。


里奈@ギャル:王子様要素どこ?

剣崎:姫にしか見えない件……

ベト弁:姫一択!


「あう……」

「ごめんね、リン君。王子様衣装はまだ2Dしかないんだ……」


 急かしたみたいになってしまった。それは不本意だ。


「違うの! 視聴者さんくらいは、僕のこと王子様って呼んでくれないかなって……」


 だって、自分で王子様って思う度に姫って訂正されたのだ。一度くらい王子様呼ばわりされてもいいじゃないか……。


銀:諦めようか、俺たち男装しても姫扱いは免れない……。

さーや:かわいいのが悪い!

お塩:王子は無理がある……。


 もはや僕はどうあっても男として扱われることはないのかもしれない。

 そう思っていると……。


「失礼、御子息でしたか……。ロード・リン」


 ホテルマンの人が呼び方を訂正してくれつつ、紅茶を僕の前においてくれた。


「うぅ……ありがとうございます!!」


 もう、僕の味方はこの人だけかもしれない。


「ねぇ、リン君。お砂糖は?」


 甘いものは好きだけど、この紅茶を甘くして飲むのはちょっと違う気がする。


「今日はいらないや!」


 甘いものは、ケーキスタンドの上にこれでもかと乗っているから。

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