第183話・Another dimension

「後ほど、アフタヌーンティーのお時間にご連絡します」


 そう言って、最上さんは部屋を出た。

 僕は件のホテル、その一室に到着した。その部屋は最上階のロイヤルスイートと言う部屋らしい。つまり、王族が宿泊する場所だ。

 まず広さが尋常ではない。日本でママと一緒に住んでいたマンションは、それなりに裕福な人が住む場所だ。それを越える広さを誇り、芸術品のような家具ばかりが並ぶこの部屋は人間が立ち入っていい場所なのだろうか……。


「では、衣服類はクローゼットでよろしいでしょうか?」


 まさに貴族。ホテルの従業員は掃除夫の一人に至るまで、全員が美男美女が揃っている。衣服の仕立ても美しい、どんなに注意深く重箱の隅をつつこうと、非難するところなど見つけられようはずがない。


「お願いします!」


 ママが、荷物を運んでくれたホテルマンに頼むと、一礼して代わりに荷物をほどいてくれる。

 こんなことがあっていいのだろうか……。こんなもてなしを受けて、バチが当たったりしないのだろうか……。

 クローゼットは寝室にあった。木の匂いが暖かで、色合いも美しい。

 ベッドは、とても大きいものが一つ、部屋の中央に鎮座している。

 その横には、庭が一望できる大きな窓が取り付けられていて、ロンドンの市街までもを見渡せるだろう。

 絶句……。美しさに声を失うとはまさにこのこと。これが、自分たちの泊まる部屋だなんて信じられない。画面越しにみる写真ですら、こんなに美しいものは希少だろう。僕は、またもや異世界に来てしまったのではないかとすら思う。

 こんなもの、王子様の気分だ……。


「すっかりお姫様だね、私たち」


 そう言ってママは、僕にほほ笑みかけた。王子様気分が台無しである。


「ママ、僕王子様の方が……」


 とは言うが、僕の服装はゴシックロリータ。


「うーん。お姫様にしか見えない!」


 そうなのである。こんな格好の王子様など居てたまるだろうか……。


「だよね……」


 自覚はしていたけど、辛いものがある。

 ほどなくして、ホテルマンの人が荷解きを完了する。


「冷蔵庫に、ドリンクがございます。種類が限られておりますので、入っていないものが欲しい場合はフロントにご連絡ください。御用の際も同様です。どうか、おくつろぎください。それでは、これで失礼します」


 なんというか、僕の中の神対応のレベルが青天井になってしまった気がする。

 こんなにもてなされて、今後の人生大丈夫なのだろうか……。

 そう思っていると、ママが冷蔵庫の中を覗いた。


「うわ……何が限られてるんだろ?」


 豊富だ……。ジュースもお酒も十分な種類がある。フロントに連絡しなくても、満足できるのではないだろうか。しかも、無料だ。


「あはは……凄すぎて現実感ないや……」


 秋葉家と言う異世界にもやっと順応してきたところだというのに……。世界の変化は、僕をまってくれはしない。


「すごいね……」


 現実感がないのは、ママも一緒みたいだ。僕もこの部屋が十万円とはとても思えない。


「うん……」


 最初に僕が言った言葉だ。ママが言うと、余計に実感する。すごい事が起こる、それについては僕よりママの方が経験が多いはず。その人が、言葉を失っていた。


「いつかさ、みんなもいろんなところにいけたらなぁ……」


 それは、絶対楽しい気がする。


「じゃあ、絶対やろう? 秋葉家に不可能はないんでしょ?」


 そうだ、僕は叶えたい……みんなで。ただ、旅行をするなら船がいい。ジョリーロジャーを掲げて海賊ごっこだ。

 そんなことをしたら、もしかしたら捕まるかも知れない。でも、しっかり準備をすれば、それだって絶対とは限らない。


「そうだね、不可能はないんだった!」


 そう言って、微笑むママの顔がとっても綺麗だった。


「そうだよ! 秋葉家で海外の観光案件いっぱい取ろう! もっと有名になって、みんなで世界制覇しようよ!」

「なんだか、現実感が湧いてきた!」


 そうなったら、秋葉家はまた大忙しだ。やりたいことを全部やる、そのためには休んでなんていられない。人生は、案外短いのかもしれない。


「ふふっ……」


 思わず、笑みがこぼれた。口が勝手に幸せを音にする。


「どうしたの?」

「だって、ブラック企業じゃん。休んでなんかいられないよ!」


 労働時間として考えたら、もう秋葉家はずっと労働中だ。ブラックも生易しいかも知れない。


「楽しかったらいいの!」


 ママが、そう言ってむくれた。可愛らしくて、狂おしいほど好きだ。


「うん、多分誰も辛いなんて思ってない」


 みんな、きっと楽しくて仕方ないんだ。だから、休みたいって言葉の一つも上がらない。


「帰ったら、孔明君にいろいろ話そうか……」

「うん、そうだね!」


 今回の観光アピールはきっと成功する。孔明お兄ちゃんなら、何か既に仕掛けていてもおかしくない。

 そして、成功をどんな形で次につなげたいか。それを話したら、きっと実現してくれる。そのために必要な力は、秋葉家に多分揃いきっている。

 でも、孔明お兄ちゃんのことだ。僕たちが話すことも、存外既に折り込み済だったりするのかもしれない。

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