第179話・生誕祭(表)3

「さて、次はRyu君だね。USBとメッセージカードだよ!」


 僕は、カードを受け取って読み上げる。なんとなく、流れでそうなった。


「えっと……『よぉリン、誕生日おめでとう。このUSBにはぶっちゃけいろいろ突っ込みすぎた。まず、お前の声が戻ってきた時のあの曲、俺にできる編曲は全部やってぶち込んだ。遅くなって悪かった。それと、モーツアルトの曲がいろいろ入ってる。魔笛、レクイエム、他にもミサ曲をいくつかだ。よかったら、聞いてくれ』だって! 嬉しいなぁ……」


 そういえば、MalumDivaを作ってもらう時に夜の女王アリアの話が出た。なんだか、このUSBは僕の一年の歴史が詰まっているようにすら思えた、

 どうしてもRyuお兄ちゃんに対して、僕は特別な感情がある。だって、僕にとってRyuお兄ちゃんは師匠だ。だから、仕方がないと思う。


秋葉Ryu:喜んでくれて何よりだ! 愛してるぜ!

ベト弁:おい、そんな歯の浮くようなこと……。


「うん! 僕も!」


 師弟愛、そして兄弟愛。特別だ。


「さ、じゃあ次のプレゼント行こっか!」


 ほんの少しだけ違和感を感じた。声の質、そして、嫉妬しているフリをしないことに。


「うん!」


 でも、時間も押していた。ママだって、僕にまだプレゼントをくれていない。

 無い、ということはありえないと思う。


「次は……本だね! 文ちゃんだから、何か書いたのかな?」


 僕に渡されて、僕はその本を開いた。

 そこに書かれていたのはこうだった。


『その細い肢体をくねらせ、母と慕った女の欲望を受け止める。リンは愛していたのだ。何もかもを捧げたいと感じるほど……』


 僕は読むのをやめた。その本のタイトルは『偽典:不死の月』。

 頭からは再度黒煙が立ち上る。


「ねぇ! コレ系、ねぇ!」


 万が一にも、それを出版させるわけには行かない。


秋葉文:そろそろ、そういうの欲しくなってもいいのではないでしょうか? 悲しくも、私には文字しかかけませんが……。

ハンッ!すぅ~:あぁ……嫌な予感しかしない……。


 後に知る。こういう小説を、官能小説というのだ。


「欲しいって何!? こんなエッチなのどうするの!?」

「文ちゃん……後で正座……」


 底冷えするような、ママの声が恐ろしかった。


秋葉文:申し訳ございませんでした!


 やっぱり、エッチなのはまだ僕には早いと思う。でも、いつかママと……。そう思うと、読んでしまった僅かな部分がどうしても頭から離れない。


「つ、次行こうよ!」


 切り替えが必要だ。大きな声を出すことで、僕は邪念を払った。


「次は、博君だね! 何かな?」


 箱を受け取り、僕はそれを開ける。


「メガネ……かな?」


 黒いフチの、スクエア型のハーフリムのメガネだった。


秋葉博:ブルーライトカットのメガネ……画面を見てる時間が長いから……。

夜告鳥:安心枠のプレゼントですね。先生らしいです!


 それに、ちょっとお医者さん要素が入っているのがポイントだ。とても、実用性が高い。こんなものいつでもかけていられる。


「ママ、似合う?」


 僕は、それをかけてママに訪ねた。


「うん、とっても可愛いよ!」


 と言ってもらえたけど、メガネアクセサリーの作成はしばらく阻止することを決めた。

 ママなら作りかねないのである。

 そして、秋葉家最後のプレゼントは、ママからだった。


「リン君、はいこれ!」


 それも、少し細長い包みで、ちょっと形に見覚えが有る。


「開けるよ!」


 するとその中にあったのは、あのヴァイオリン。カラーロ・ホンデルだった。

 触れて、弾いて、また弾きたいとずっと思っていた。だって、この楽器は僕の絵空事をそのまま世界に出力してくれる。

 だけど、今は秋葉家を優先していた。


 これは、恩寵だろうか……。

 喜びのあまり、言葉を失っていた。

 気が付くと、ケースを開けて触れていた。

 滑らかなニスの感触に心を奪われていた。


「気に入ってくれたかな?」


 その言葉が、僕を引き戻すまでずと。


「うん……。うん!」


 うなづくことしかできない。これを友としよう……。


「良かった……」


 幾度となく月に例えた、この人は決して心を離してなどくれない。

 初めて、他人事より自分ごとを優先しよう。

 僕はこの月を堕とし、その心を支配したいとすら思った。僕は、ママのエロスが欲しい。

 だけど、今はとりあえず……。


「本当にありがとう! ママだけじゃなくて、秋葉家のみんなからのプレゼント、本当に嬉しかった! なんだろう、こんな……いいのかな?」


 言っていると、涙が出てきた。

 プレゼントの内容なんてどうでもいい。中には、ちょっと変なものもあった。でも、もらえたことが何より嬉しかった。


「何言ってるの? まだあるんだよ!」


 プレゼントは他にもたくさん。これまで関わってきた人の多さを物語っていた。

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