第176話・黒子の嗜み

 そんな波乱万丈気味の展開を見せつつも、僕の海外渡航の準備は着々と進んだ。

 実際の渡航予定は、誕生祭を行ったあとになる。


「今回の海外での……面倒だから海外ロケとしよう。それに秋葉家から付き添う人物が決定した。リンは知ってるだろうが、最上だ!」


 すっと影から姿を現すかのように、最上さんが姿を現した。なんだか、この前とは印象が違っている。

 前回会った時は、中間管理職のような板挟みを感じていたのだろう。今は、表情が晴れやかで、仕事に集中しながらも茶目っ気を出している印象だ。


「最上です。今回の海外ロケで、お二人の通訳や裏方を担当させてもらいます」


 そう言って、最上さんはまたすっと姿を消した。


「すごい! 忍者みたい!」


 と、ママは最上さんが姿を消したことを賞賛する。僕も、それには面食らった。そんな技能があるなら、芸能人の護衛などが適職だと思う。テレビ局は、彼の使い方を間違っていたのではないだろうか。

 ともあれ、ママと最上さんはこれが初顔合わせだ。代表取締役なのに……。


「実は、私、重度の厨二病患者でして……。癖になってるのです、気配を殺すのが」


 言うためだけに現れて、言い終わったら消える。本当に出来ている人を、厨二病と言ってしまっていいのかは疑問だ。

 しかし、それは水を得た魚のようにとても生き生きしていた。

 なんというかそれは……。


「秋葉家だなぁ……」


 そんな感想を抱かずにはいられない人物だった。

 秋葉家といえば、特化した才能を持つ人。最上さんは、影に特化した才能を持っている。この人だけ、ファンタジーの住人なのではないかと思ってしまうほど。


「だよな。何か、そういう因果律でも背負ってんのかねぇ……」


 それは、少しばかり孔明お兄ちゃんらしからぬ発言だった。でも、もはやそうとしか思えない。秋葉という因果が、現代の異能を引き寄せているのだ。


「まさか裏方の人まで、こうなっちゃうなんてねぇ……」


 ママはそう言って苦笑いした。


「さて、もう一つ。企業案件がある。ロンドンの観光名所をレビューして欲しいらしい……。場所は、リスト化しておいた」


 企業案件でこれほど楽なも仕事もないだろう。なにせ、普通に観光すればいいだけだ。しかも、おすすめリストをもらえる。


「リン君とママで?」


 聞き返すということは、一緒に行くけどまだ仕事をするつもりだったようだ。


「おいおい、秋葉家の最有力カプだぞ……。いや、カップル扱いではないか……」


 親子という関係で売れているVTuberはあまり見たことがない。この場合なんと呼ぶべきか……。


「大丈夫? 3Dの完成がそれだけ遅れちゃうけど……」


 やっぱり……。


「春風家には了承を取ってる。安心して、この案件に専念して欲しい」

「わかった」


 その、了承と言うのはほとんど心配だ。言い訳をてんこ盛りにして、無理矢理にでも休ませたい。それは、秋葉家所属全員の願いなのである。


「現地での英語はどうするの? ママできる?」


 僕が尋ねると、影からまた最上さんが顔を出す。


「イギリス英語は習得済みです。お任せ下さい」


 後に聞いたのだが、最上さんはヘキサリンガルらしい。もはや、便利キャラである。


「うわ!?」


 いきなり姿が現れるから、僕はびっくりして声を上げてしまった。


「あと、最上は合気道も警察レベルで習得してる。護衛もやってくれるらしい」

「黒子の嗜みです」


 と言うと、また姿を消した。


「芸能人のおつきがやりたかったらしくてな、若干張り切りすぎてる気もするが、我慢してやってくれ」


 秋葉家でやりたいことができているのなら、良かった。凄すぎる人物であることは変わらないけど……。


「なんていうか……最適解だよね?」

「よくもまぁ、こんな都合のいい人材が秋葉に入ってくれたとは俺も思ってる。若干引いてる」


 しかも、最上さんはオーディションを行って入れたわけではないのだ。だから、ご都合感が増してしまっている。

 伯爵がダメダメだったのもそれに拍車を掛けている。


「他に、何かある?」


 ママが尋ねる。


「特にはないな……。まぁ、たくらみはあるけど……」


 と孔明お兄ちゃんは不穏な返しをして、打ち合わせが終わった。

 それからは、しばらく平常運転。忙しいと言えば忙しいけど、特別な何かのない日々だった。

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