第173話・生誕祭(裏)

 孔明お兄ちゃんとの密会……打ち合わせを経て、僕はママの家に帰る。最近では孔明お兄ちゃんが色々と対応してくれるおかげで、僕が仮設事務所に居る必要がないのだ。


 家について、ドアを開ける。すると、目に入ったのはくす玉だった。少し小さい、個人用のくす玉。それについた紐をママが引っ張ると、それがパカりと割れた。


「リン君、誕生日おめでとう!」


 あぁ……。僕の誕生日は4月16日って決めたのに、嬉しくなっちゃうじゃないか。


「ありがとう!」


 僕は、自分の誕生日が今日ではないと伝えることも忘れて、ただ抱きついた。

 ママには僕の本当の誕生日を知るチャンスは一回しかなかった。それも、もう一年前のことだ。

 二人で役所に行った、あの時だけがママが僕の誕生日を知れるチャンスだった。


 それを覚えていてくれたことは、僕にとってすごく嬉しいことだった。それは、言うまでもなく強い興味の証拠だ。

 しかし、なぜなのだろう……。


「なんで、二人だけでの誕生日なの?」


 その疑問に対する答えは、配慮に満ちたものだった。


「嫌だったら、すぐ撤収できるように……かな」


 考えるまでもなく、それはきっと僕が両親との間に残す遺恨を考慮したもの。サプライズを用意しておきながら、すぐに辞める準備までしてくれていたのだ。


「そっかぁ……。気を使ってくれてありがとう。でも、僕、誕生日も好きになった。ママのせい」


 誕生日を祝ってもらうなんて久しぶりだ。涼が家を出る前以来だ。


「それなら、ケーキも用意してるよ! 一緒に食べよ! 小さめのホールケーキ!」


 ホールケーキがある誕生日なんて、もっと久しぶり。それこそ十年以上ぶり。

 涼と二人の誕生日パーティーにはケーキがなかった。食器を汚したら、誕生日パーティーを行ったことが両親にバレてしまうから。

 僕が涼にケーキを買ってくるのをやめさせたのだ。涼が僕のせいで怒られるのは嫌だったから。


「何ケーキ!?」

「ショートケーキだよ!」


 苺が好き、それをママが覚えているのは当然かも知れない。でも、嬉しい。甘酸っぱいのが好きな僕のイチオシだ。


「やったぁ!」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 リビングに移動して、二人きりの誕生日パーティーを始める。

 小さなホールケーキの上には、ロウソクが13本。バーチャル年齢基準で、おじさんへの配慮だ。

 ロウソクの炎が揺らめいて、ママがバースデーソングを歌う。ママの歌は……正直とっても下手。さすが滅びの歌姫だ。


 しかし、実感するものがある。僕も28歳。また一歩おじさんになってしまったのだ。

 ロウソクの炎を吹き消すと、ママが手を叩きながら言ってくれる。


「誕生日おめでとう!」

「ありがとう!」


 おじさんの哀愁は、吹き消すための吐息に吹き飛ばされた。


「プレゼントは、生誕祭と合わせてすっごいの用意してるからね!」


 もうプレゼントなんていらないほどたくさんもらっているのに、僕はこれ以上何をもらってしまうのだろうか。


「うん、楽しみにしてる!」


 でも、それとこれとは話が別。プレゼントの本体は、気持ちだと僕は思う。


「ところでさ、ママの誕生日っていつ?」


 僕にはそれを聞く機会がなかった。生誕祭も、僕がVTuberを見るようになった時には既にやらなくなっていた。


「12月28日だよー!」


 もう少し早く聞いていれば良かったと、僕は後悔した。


「知らなくてごめんね。プレゼント、用意してないや……」


 好きな人の誕生日も知らず、やり過ごしてしまった。それは責められてしかるべきだろう。だけど、ママは一切責めない。


「ママはね、すっごいプレゼントをもらったの! 秋葉家全員で集まって、新年の生放送が出来た。みんなで一緒にやることが増えた。ママの宝物の価値も証明された! それが、ママにとって最高のプレゼントなの!」


 柔らかく微笑んだママに僕は安心する。

 ママは、言葉を続けた。


「でもね、もう一個だけ欲しい。来年のママの誕生日を祝ってくれない?」


 そんなの、欲しがるまでもない。


「うん! 来年こそ絶対にママの誕生日パーティーをやる!」


 今年はできなかった。だから、来年こそ。来年から、そのずっと先の未来まで。


「ありがとう、リン君。ママにとって何よりのプレゼントだよ」


 不意に、孔明お兄ちゃんから言われたことを思い出した。


「ママ、一緒に海外に行かない?」


 ママを仕事から引き離すこと。


「海外? いいけど、またどうして?」

「シモンさんの番組に出たいんだ。でも、一人じゃ不安だから付いてきてほしい」


 だいぶ返事を先延ばしにしてしまった。でも、その交渉はママに何度も見られている。


「うん、一緒に行こう」


 そう言って、ママは微笑んでくれた。

 忙しくてたまらないはずなのに、僕のお願いに答えてくれる。そこに、ほんの少しだけ僕は違和感を感じたのである。

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