第170話・Re:おててないない

 両思いである。それがわかっただけで、僕には十分だった。だから、いつまででも待とう。ママが、それが恋だってわかってくれる日まで。

 だから今は、虚構の恋慕と言う体裁で、本物の恋慕を叩きつけよう。


「おかえり、おちびちゃん。ては洗った? うがいした?」


 初配信(大嘘)を経て、秋葉全員の放送開始挨拶は変わる。そして、ママと僕は、それを実際に使うのは初めてだ。


「KCのみんな! お帰りなさい! 今日もいっぱい頑張ったんだね!」


 おちびちゃんはママのファンネームであり、正式名称は秋葉親戚隊おちびちゃんとなる。僕は、秋葉親戚隊KCだ。周波数は関係ない。


銀:うおっ!? おててないない差分がww

デデデ:いけない気持ちになるんだが、差分……

ダン・ガン:目隠しもさせたい……

お塩:なんだろう、なんで俺ドキドキしてんだ?

Mike:NOHENTAI!!!

Alen:これ、R-18なんじゃ……


 など、様々なコメントが寄せられた。

 そう、ママはいつの間にかおててないない用の、SMグローブアクセサリーを作っていたのだ。

 ちなみに、他にも僕の知らない差分も増えているとママは言っている。僕としては、本当にママの睡眠時間が心配だ。


「あのね、ダン君。さすがに、目隠しまでしちゃうのは……BAN対象になっちゃうかなって思うの。リン君も、ちょっと可愛そうだし」


 目隠しまで、考えるとちょっと怖いかも知れない。

 そして、それは余りにもマゾヒスティックで変態的だ。僕はちょっと遠慮したい。


「うん、僕も不健全だと思うなぁ……。手だけでも、充分甘やかしてくれるし、僕は満足だよ!」


 僕がこれを受け入れるのに躊躇がない理由がそれだ。大好きな人に甘やかしてもらう、それはすごく幸せなことである。


麻辣:着実に調教が進んでる感……

里奈@ギャル:目隠しの方が甘やかしてくれる確証が得られたら、受け入れちゃう可能性について……

銀:俺、ママ相手だったら受け入れちゃうなぁ……

さーや:実際、おててないないのどういうところがリンちゃん的にイイの?


 銀さんのコメントはかなりマゾヒスティックだった。

 質問があったため、僕は実演も交えて説明することにする。


「ママ、ジュース飲ませてくれる?」

「うん! はい、どうぞ!」


 普段であればジュースぐらい自分で飲めという話だが、今は両手が使えない。挟んでコップを持ち上げるくらいはできるかもしれないが、手を滑らせて落とす危険が非常に高い。だから、ママは自分でやらせてくれないし、やってもらうことを誰も咎めないのだ。


 過度な甘えの合法化。これこそが、おててないないの真骨頂である。

 喉を鳴らし、ストローで吸い上げたジュースを嚥下する。すると、ストローの端から一滴、口元にこぼれてしまった。


「あ、ごめんなさい……」

「うふふ、いいよ。視聴者さんへの説明だもんねー! こんなことしてもらえるんだもんね!」


 そう言いながら、ママは口元を拭いてくれる。これだって、僕は自分の手で手ぬぐいを握れない。だから、自分でできない。

 むしろ、ママは溢れるように調整しているようにすら思える。そして、口元を拭うのまでセットで考えているのかもしれない。


「うん。ちょっと恥ずかしいんだけどね、でもいっぱい甘えさせてもらえるんだ!」

「ママは、いつでもやってあげるんだけどなぁ……」

「悲しそうな顔しないでよ! 普段は……その……恥ずかしいから」


 これは、とても変態的だから、欲しいことすら自分で告げられない厄介なものだ。

 でも、そもそも何をされても嬉しい。ただ、近くにいるだけで幸せだ。


さーや:なるなる。すきピに甘やかされる免罪符ってわけね!

ダン・ガン:人間としての機能を制限することで、相手に頼る免罪符を得る。それもSMの醍醐味よなぁ……。

デデデ:ダン……お前そんなやつだったのか……

銀:とにかくエロい!

剣崎:濃厚すぎて、てぇてぇのラインを超越してない?


「ダメかなぁ? ママ的には、充実感あるけど……」


 ラインを超えてしまうのはちょっとまずい気がした。でも、同接が減っていない以上セーフに分類されると思う。

 BANされず、同接減らず。それは、VTuberにとって絶対の正義だ。そもそも同接を維持するというのは、難しいことである。


Mike:許せちゃう!

Alen:BANされなければOKですね!

フォルセ・アフィグルー:続けて……

三森アイナ:どうぞ……


「ごめん、すっごい恥ずかしくなってきた。カサ・ブランコ所属の人って軽率に見に来るね……」


 こんなに、ホイホイ他社のVTuberの放送にコメントをしていいのか。それが疑問である。どちらかが個人勢ならいざ知らず、今の秋葉家は企業だ。


「おとなりさんだからね! 向こうの社長さんは積極的に交流することを推奨してるし、それはママも同意なんだ!」


 となると、僕も見に行く時間があればいつでも行っていいのかもしれない。

 行く時間があるかは、別問題だけど。

 今の秋葉家は非常に忙しい。ブラック企業もかくやというレベルだ。そんな中で、おててないないしていて本当に大丈夫だろうか。


 ひょっとすると、これは孔明お兄ちゃんが仕組んだのかもしれない。ママの息抜きとして……。

 一度孔明お兄ちゃんを知ってしまうと、全て彼の手のひらの上な気がする。本当に、怖い人だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る