第157話・年の瀬
僕は、ママに救出され、今はママの膝の上だ。抱きしめられていると言うのはかわらないけど、すごく楽に座っている。
だけど、これはこれで……。僕にとっては好きな人の膝の上なわけで、その肉体の感触がほど近い。心臓は嫌が応にも早鐘を打ち、口からまろび出る気配すら感じさせる。つまり、僕は興奮と緊張の坩堝にいるのである。
それを少し和らげてくれたのは孔明お兄ちゃんだった。
「初めてじゃないか?」
ふと、空中に放り出されるかのような言葉。それは、僕のところへストンと落ちてきた。
「え?」
その言葉の意図は分からず、僕は思わず聞き返す。気づかぬうちに、心はそれに囚われて、興奮と緊張を忘れていた。
「こうやってさ、秋葉家全員で放送するなんて、初めてじゃないか? ずっとさ、俺たちはただの個人勢が相互補助してるだけだった。世界が変わったよ。俺たちは今、一つになれた」
孔明お兄ちゃんはまるで酩酊するかのように、遠くを見つめて言った。
僕は本当に新参者だ。それなのに、僕は秋葉家を変えてしまった。僕はそれに負い目を感じた。
「その……ごめんなさい」
僕はいたたまれなくなって、つい謝罪を口にした。
すると、十人が一斉笑った。その中でも一際大笑いしたのは定国お兄ちゃんだった。
「がっはっは! 何言ってやがる! もうかって仕方ねぇ上に、楽しくて仕方ねぇ環境になったんじゃねぇか!」
それはもはや、僕の負い目を吹き飛ばすような豪快な笑い方だった。
「リン、秋葉家に本当に足りなかったのは攻撃力だ。一番足りなかった攻撃力が、ポンと手に入った。そりゃ、何もかもが変わるさ。やりたいことができるようになったんだから」
孔明お兄ちゃんも笑っている。
「そっか、やりたいことか……」
それなら、いいと思えた。
僕はちょっとだけ、力を持ちすぎている。だから、ほんの少し動くだけでたくさんの人を巻き込んでしまう。
それならいっそ巻き込むことまで計算に入れて動かなきゃいけないのだ。それでいて、自分らしさだって多分犠牲にしちゃいけない。
「あンなぁ……嫌だったら、嫌って言える。それが秋葉家だ! 突っ走って褒められてるうちは、どこまでも突っ走りやがれ! 俺は、それがみてぇ!」
そういえばそうだ。咎められたら、見直せばいい。ただそれだけのことだった。
僕らしさが一番だったのだ。
「リン君のおかげで、苦手を克服したRyuが言うと違うなぁ……」
そう言われてみれば、Ryuお兄ちゃんは立花お姉ちゃんなわけだ。本当はこんな、カサ・ブランコまで来れるような人じゃなかったはずだ。
「カゲにぃ、てめぇ!」
それに、いくらRyuお兄ちゃんモードでも、男性に向かってこんなこと言える人じゃなかったはずだ。
「照れるなって!」
すっごく、変わったなぁ……。
カゲミツお兄ちゃんも、変わった立花お姉ちゃんの頭をなでている。
「なぁんだ……みんな、今楽しいんだ……」
謝って損しちゃった。罪悪感なんていらなかったんだ。
巻き込まれたい時だけ勝手に巻き込まれて、勝手に幸せになってくれる。シズクさんのことで、視聴者数という力に対して僕は少し悲観的になっていたのかもしれない。
でも、そういう時は秋葉家に巻き込まれればいい。勝手に幸せにしてくれるから。
「よくわかんないうちに、お互い助け合ってる。家族って、そういうものでしょ?」
ママの言うとおりだ。意識して、力を貸す時だってある。だけど、僕はずっとただ突っ走ってるつもりで、力を貸してたんだ。そう思うと、嬉しくてたまらない。
「うん、そうだね!」
じゃあ、僕はこれからも突っ走る。それでいいんだって、肯定された気がする。
「リン、一年、どうだった?」
ふと投げられたRyuお兄ちゃんの言葉に、僕は年の瀬を感じた。
「世界が変わっちゃったよ! すっごい幸せになった!」
僕の人生が変わった一年だった。僕の人生を語るなら、今年のことは欠かせない。
「そりゃ、良かった!」
と、Ryuお兄ちゃんが言って。それにみんなが頷いた。眩しい笑顔で。
ちょうどその時、スタジオの扉が開く。そこには、フォルセさんが居た。
「リンちゃんー! スタンバイお願いします!」
楽しい時間はあっという間にすぎた。
「はい!」
返事をしてから、みんなを見る。そして、もう一言。
「行ってくるね! 今年最後の歌!」
それに、みんなは一斉に答えてくれた。
「「「行ってらっしゃい!」」」
と。
次、みんなと会うのは新年が始まってからだ。だけど、きっと見てくれる。
緊張する……。僕はVTuber紅白の最後が僕の出番。どうしても僕と、カサ・ブランコに言われて断れなかった。秋葉家のみんなは……全く反対してくれなかった。
部屋を出ると、後ろで微かに声が聞こえた。
「リンの活躍を見るぞ!」
思わず笑ってしまう。期待に答えなくっちゃ……。
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