第156話・年末年始放送

 12月31日……大晦日。この日、秋葉家は一切の会社業務を休止して、ただのVTuberに戻る。


 午後、20時。カサ・ブランコでその放送が始まった。


「「「秋葉家、年越し放送!」」」


 秋葉家十一人で声を合わせて言う。それが、すごく幸せな光景だなと顔がほころんだ。


 カサ・ブランコはすごい。十一人も入れる3Dスタジオなんて、作るのに億のお金が必要だ。それを秋葉家にポンと貸してくれた。結局、なんだかんだ自分の得を主張しながらも、これは僕に対する償いの意味も含んでいるのだろう。僕は、もうこれっぽっちも怒っていないのに。


 それに加えて、本社内にはまだいくつか3Dスタジオがある。そこでVTuber紅白歌合戦もこれから始まる。


「よし、みんな今日は自由にやろう!」


 ママの掛け声で、全員が我慢をやめた。


「リンちゃんかわいいだぁ!」


 真っ先にノラお姉ちゃんが僕に抱きついてきた。


「うわっ!?」


 ノラお姉ちゃんは、かなり筋肉質。だけど、女性の体はどうしてこんなに柔らかいのだろう……。


 ちょっと野性的な短髪。だけど、目は優しげだ。かなりの美人だと思う。

 秋葉家の女性は、僕に対してスキンシップが激しい。男性機能を獲得しつつある僕だが、何故だか興奮より安らぎが勝る。


「ノラ姉さん、ずるいですよ。私も、リン君とゆっくり過ごせるのは初めてなんですからね」


 と、文お姉ちゃんも抱きついてくる。

 美人な姉たちにもみくちゃにされている構図だが、僕はおじさんなのである。多分、二人より年上だ。


「四人でイチャイチャだぁ……。ソラも、こっちさこい!」


 そういえば、ソラお姉ちゃんも初対面だ。また美人で、困ってしまう。その髪色は珍しい、黒に近いけどどこか青は入っているように感じる濃紺の髪。長くて、綺麗だ。


「わ、私も……いいの?」

「何を、当たり前のこと聞いてるだ? 来たかったら、来るだ!」


 秋葉家の女性VTuberの中で、ノラお姉ちゃんはデビューが二番目に早い。ママはママであるため、姉という属性はあまり発揮されない。よって、実質的にはノラお姉ちゃんが長女のポジションに居る。


「うん……。いく!」


 こうして、僕は三人に囲まれてしまった。


「くすぐったいよ……ソラお姉ちゃん!」


 ソラお姉ちゃんは僕の手をいじりまわしている。まるで猫の肉球を愛撫するが如く。


「リン君のおてて……可愛い……。ちっちゃい……」


 その性格は、ちょっとシルフェさんに似ている気がした。


「ゆっくりできないなぁ……リンよ!」


 孔明お兄ちゃんが、もみくちゃにされている僕を見て笑う。

 確かに、ゆっくりできているとはお世辞にも言えない。


「あはは、助けてー!」


 棒読み此処に極まれりという口調で僕は言った。

 これはこれでいいと、僕は思っている。ゆっくりはできないけど、悪い気はしない。


「助けて欲しかったら、報酬を出せ!」


 孔明お兄ちゃんは、そう言って僕を茶化した。


「じゃあ、いいや」


 だから、僕は躱す。

 途端に、孔明お兄ちゃんがちょっと涙目になって面白かった。


「そりゃないぜ……」

「僕に、どうして欲しいの?」


 もみくちゃにされながらも、僕は言う。


「いやぁ……俺もリンの兄として受け入れて欲しいってだけだ」


 言われてハッと気づいた。そういえば、今は放送内だからタメ語だけど、普段は敬語だった。それが、ちょっと寂しかったのかもしれない。


「助けてくれてありがとう、孔明お兄ちゃん!」


 なんで、僕は孔明お兄ちゃんに対して敬語を使ってしまったのだろう……。でもまぁ、もう秋葉家のメンバーに対して敬語を使うのはやめよう。


「ッハハハ! その格好で言われるとシュールだな!」


 と、僕は孔明お兄ちゃんに笑われてしまった。

 仕方ないじゃないか、僕は今身動きがとれないのだ。


「孔明お兄ちゃんなんて知らない!」


 だから、僕はすねたふりをする。そんなのが、とっても楽しい。


「悪かったって。おい、秋葉家女子勢! 和葉が可愛そうだぞ」

「え? 俺!?」


 いきなり話を振られた和葉お兄ちゃんは、不意をつかれて挙動不審だ。


「だったら和葉も混ざるべ!」

「えっと、いいのかな? 女の子に混ざっても……」

「何言ってるだ? そもそもリンちゃんが男の子だべ!」

「ええええええええええええええええええ!?」


 どうやら、和葉お兄ちゃんは僕のことを女の子だと思っていたらしい。


「保証する……」


 博お兄ちゃんは、僕が男であるということの証人になってくれた。だけど、このタイミングは非常にまずいと思う。かまわないけど……。


「じゃ、じゃあ……」


 やっぱり、和葉お兄ちゃんも僕をもみくちゃにする輪の中に入ってきた。

 和葉お兄ちゃんは、長髪だ。それをルーズにまとめている。理由は後で聞いたことだが、髪を切りに行く時間が惜しいからだそうだ。ザ・職人である。


「ひゃ!? どこ触ってるの!?」


 和葉お兄ちゃんの手が僕の胸と背中に触れる。


「なるほど、胸板がすごく薄い……。それに、肩幅も狭い……。骨格は完全に女の子だ」


 そのつぶやきを聞いてわかった。これはえっちなやつではない。ただの職人目線だ。僕をフィギュア化するための取材を僕本人からやっているのだ。

 でも……。


「胸とか触るときは先に言ってよ!」


 くすぐったいし、びっくりする。そもそも一年弱前は、こんなこと、子供を作るよりエッチだと思っていたのだ。


「ご……ごめん!」


 和葉お兄ちゃんは、そう言って顔を赤くしながら目をそらした。


「これは……リンちゃんですね……」

「だべな!」

「うん……乙女……」


 そう、僕の反応が原因だったのだ。そのせいで、僕の呼称は秋葉家内でも、君派とちゃん派に分かれてしまった。

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