第155話・革新

 秋葉家は全員てんてこ舞い、忙しいのは全員一緒だ。仮設事務所には、人を配置しておく必要が出てきた。アポイントメントを取り付けるための連絡がかなり頻繁に来るのだ。


 とはいえ、その内容は玉石混交。たとえば、個人勢VTuberとのコラボは残念ながら大概が石に分類される。基準を持ってしっかりと追い返さないと、大挙して押し寄せてきてしまうのだ。だから玉に分類されるのは、シルフェさんや麗清さんとのコラボくらいだ。


 企業からのオファーも大量に来る。テレビを火元にした炎上が、結果的に秋葉家の知名度向上につながったのが原因だ。


 そこで、事務所に仮設放送室を設置した。この仮設放送室用のPCは後に僕の個人用PCになる予定である。マシンパワーが非常に高いもので、持て余すのは間違いなかった。


 そして、午前中。僕の仕事は、葛城さんと二人で仮設事務所での受付係りをする。

 ママは受付なんてやってる暇はない。今、春風家の2Dモデル製作中だ。それでも、事務所にいてくれば、判断を仰ぐことはできる。


「ごめんなさい。マネージャーさんなのに、事務まで頼んでしまって」


 これは、マネージャー業には含まれない。でも、今動ける人の中で一番社会性があるのは葛城さんだ。


「ふふふ、いいんですよ。春風家の企業案件を見つけるチャンスにもなりますから! ある意味、マネージャー業です」


 葛城さんはそう言って、受付業務を無理やり自分の職務範囲に入れてくれる。


「そう言ってくれると助かります……」


 本当に、秋葉家はまだまだ会社として何もかも足りていないのだ。


「私は、すごく秋葉家にたくさんの恩を感じているんですよ。きっと、どこにも拾われないままクロノ・ワールをやめていたら、ユエは潰れてしまったと思います。だから、恩返し中なんです。過労死しない程度には働きますよ!」


 ふと、気になった……。


「クロノ・ワールに未練はありませんか?」


 残してしまった、ツヅミさんたちのことが。


「実は今、あの二人とはメル友です。新しいマネージャーが来て、心機一転頑張ってるそうですよ。でも、もし二人が望んだら……。いえ、やめましょう」


 なんとなく、何が言いたいのかわかった。


「きっと、ママはうちの子にしちゃうと思います。春風家かは、わかりませんけどね」


 だってママだ。受け入れないはずがないのだ。困ってる人を放っておけない、お人好しな社長。だからこそ、僕たちは全力で頑張りたくなる。


「秋葉家には敵いませんね……」


 葛城さんは、そう言って柔らかく微笑んだ。


 不意に、インターフォンが鳴る。


「ちょっと、出てきます」


 僕はそう言って、事務所の扉を開けた。

 そこには、一人の男性が立っていた。


「初めまして。突然のご訪問申し訳ございません。私、JNコミュニケーションの中村と申します。今回は、業務提携のご相談で参りました」


 そう言いながら、男性……中村さんは僕に名刺をくれた。

 格好は、少し探偵っぽい印象だ。物腰も柔らかいし、何よりも名刺という個人情報をくれた。少なくとも、こちらを舐めてかかっているわけではないと思った。


 そういう企業も来るのだ。社歴があまりに浅い、その部分だけを見てくみしやすいと考える企業も。

 そうではないから、僕はその人の話を聞くことにした。


「ありがとうございます。七瀬凛と申します。どうぞ、中でお話お伺いさせてください」


 中村さんを中へ誘う。それを見て、葛城さんは給湯室に向かった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 元面接室は、現在応接室になっている。


「どうぞ……」


 葛城さんは、応接室に通した中村さんにお茶を出してくれた。それが、すごくスマートで、僕が驚いてしまう。


「ありがとうございます。寒かったので、助かりますよ」


 もう、12月だ。今年もそろそろ終わり、外はすっかり寒くなった。今年も雪は降るのだろうか……。


「すぐお返しせず申し訳ございません。こちら、私の名刺です」


 秋葉家は全員キャストであると同時に、秋葉家の役員だ。僕もそれにもれないため、名刺を作った。


「ありがとうございます。ところで、本題をよろしいでしょうか?」


 そういえばの話ではあるが。僕を疑わなかった。

 外見の幼さから、受付業務ではかなりの頻度で疑われる。それがなかったということは、きっと秋葉リンとしての僕の情報を持っているのだ。


「はい、ぜひお願いします」


 こっちの会社のことを調べている。警戒にも、信用にも値する。


「JNコミニュケーションは、言ってしまえば取材会社です。主にニュースなどの情報を取り扱っています。それで、秋葉家でニュースを取り扱うつもりがあればと思いまして。今回、業務提携のお話を持ちかけさせてもらいました」


 その言葉に、僕は驚いた。


「我々、VTuberですよ?」

「確かに、VTuberはこれまでニュースなどを取り扱うことはあまりありませんでした。ですが、秋葉家の視聴者数……いえ、視聴率と言い換えましょう。これが、右肩上がりです。我が社の見込みでは、テレビ、新聞、雑誌、に次ぐ第四の情報発信機関になると予想しています。そこで、VTuberの新たな時代、ニュースも取り扱ってしまうVTuber事務所、いえVTuber局になっていただけませんか?」


 それは、下手をすれば、とてつもない利益を生む事になる。それに、VTuberの歴史も大きく変わる事になる。

 VTuberという芸能界が、テレビ芸能界と並ぶのだ。


「すぐにはお返事できかねます。秋葉家で会議を重ね、結論を出したいと思います」


 直ぐに返事を出さない。それによって、顔色を伺える回数は増える。


「ありがとうございます。議題に上がるだけで、一歩前進です。では、こちら、我々が提出する情報の見本です。是非、お暇な折にご確認ください」


 ニュースを取り扱うなら、社会的に権力を持つ会社のはずだ。だが、その会社から来てくれた人は、最後まで秋葉家を尊重してくれた。

 悪い会社じゃない気がした。


「ありがとうございます。社員で目を通させていただきますね! 足元お気をつけてお帰りください」

「はい! 本日は貴重なお時間をありがとうございました。それでは失礼します」


 少なくとも、この中村さんはいい人だ。秋葉家でしっかり、議論を重ねよう。

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