第154話・大谷大暴走

 僕は忙しすぎてすっかり忘れていたのだ。カサ・ブランコ大谷さんから、コラボのお誘いがあったことを。そして、約束までしたことを。

 リアクション放送を終えたと同時に、僕の携帯電話は鳴り響いた。


『秋葉リンさん! 私大谷、猛烈に怒っています! なんで頼ってくださらなかったんですか!? なんで、独力で炎上を収めちゃうんですか!?』


 電話を取るなり鳴り響く、大きな声。ただ、そうは言ってもどこか言葉には思いやりがある。やっぱり大谷さんは憎めない暴走体質の人だ。本当に、VTuberやったらいいのではないかと思う。


「炎上って言っても、すぐ鎮火してしまいましたし、お力を借りるまでもなかったんですから」


 僕たちはテレビが火元になった炎上をあっという間に鎮火させた。だって、そもそも僕たちに非がなかったのだ。むしろ、相手が勝手に自爆した印象ですらある。


『まぁ、それは置いとくんですけどね!』

「置いとくんですか!?」


 怒っていたはずなのに、いきなり話を変えられてしまった。


 というか、よく考えたら、禁止されたはずの電話を今受けている。大谷さん、また暴走している。本当に、見てて飽きない。このやりとり、絶対視聴者さんに見せたほうがいい。


『置いときますよ! 株式会社秋葉家様にご提案ですからね!』


 憤慨した様子で、大谷さんは話を進めていく。


「どんなご提案でしょうか?」


 僕はそれを、聞くことにした。なんだか、本当に憎めなくて思わず顔がほころんでいる。


『それはですね、株式会社秋葉家様! カサ・ブランコの3Dスタジオで年末年始をやりませんか!? ふべっ!?』


 多分上司にぶたれたんだと思う。


『お電話かわりました。カサ・ブランコ心理衛生管理担当内村です。大谷が大変失礼を致しまして、申し訳ございません。本来先にメールでお問い合わせするべきでしたのに……』

「構いませんよ。大谷さんにはいろいろご心配頂いておりますし、とても好人物であると認識しています。ところでなのですが……」


 本題に入ってもいいかという僕の問いに。


『はい!』


 内村さんは肯定を返してくれた。

 そこで僕は行動を開始した。防音室を出て、ママのもとに向かう。


「3Dスタジオの件ですが、私の一存では決めかねます。そこで、代表取締役と直接交渉いただきたいのですが、今お時間よろしいですか?」


 僕も、社会人が板についてきたことを自負できる完璧な対応だと思う。サクラさんより僕がお兄ちゃんなのである。


『はい、大丈夫ですよ。このまま、お待ちしてもよろしいでしょうか?』


 やっぱり、秋葉家の最終決定権はママだし、今後もそうであってほしい。

 僕はもう、ママのすぐそばまで来ていて、手を伸ばせば携帯をママに渡すことができる。


 目で合図をすると、ママが頷いてくれたので僕は言った。


「今代わります。よろしくお願いします!」


 そう言って、僕は携帯をママに渡す。


「お電話かわりました。株式会社秋葉家代表取締役、秋月満です。カサ・ブランコ様、お隣さんの件は本当にありがとうございました!」


 お隣さんはつまり、提携企業という意味である。秋葉家という世界観に、業務提携を上手く落とし込んだなと感心したのであった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 そばで聞いていた感じ、カサ・ブランコの申し出を今回も受ける方向らしい。ただ、それだけではなかった。


「リン君。VTuber紅白歌合戦に参加してくれる?」


 カサ・ブランコの企画はとても大規模なものだったのだ。


「もちろん! ほかに、僕の知ってる人も参加するのかな?」


 でも、なんだかそれは楽しそうで、僕をワクワクさせた。


「シルフェちゃんとか……麗音ちゃんとか……。できれば唄ちゃんも出て欲しいらしいけど、3Dは絶対間に合わないからねぇ……」


 僕はその言葉にびっくりした。


「シルフェさんって3Dあるの!?」


 普通個人勢は3Dを持たない。秋葉家が異常なのだ。それは、他社とのコラボでよくわかった。


「カサ・ブランコが作ったらしいよ! 人狼のお詫びだって」


 ちょっと、お詫びしすぎだ。多分だけど、カサ・ブランコはお詫びという名目で投資をしたのだと思う。多分、それで毎年紅白に呼ぶつもりだ。


「カサ・ブランコってすっごいなぁ……」


 安くなってきたとはいえ、3Dモデルの著作権譲渡までお願いした場合二十万円からというのが相場だ。プロの仕事であることを考えたら、五十万円はくだらないだろう。それをシルフェさんにポンとプレゼントしてしまったのだ。凄すぎる。


「あ、内村さんがリン君を褒めてたよ。キャストなのにしっかりしてるって」

「えへへー! これでも、株主も兼任してるから!」


 それだけじゃない。まだ、何もかも足りない秋葉家を支えていかなきゃいけない本家所属だ。だから、僕は可能な限りしっかりしようと心がけている。


 先輩という言葉は秋葉家では禁止。だけど、事実では先輩だから。


「えらいえらい!」


 でも、秋葉家の中では僕は一番後輩。だから、困ったときは頼って甘えよう。


「えへへ!」


 撫でられるのも、気持ちがいいし。

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