第151話・風は告げる
面接の次の日、事務所に一家を呼んだ。昨日面接を行った人にとっては、二日連続で少し心苦しい。
ところで、議長が文お姉ちゃんなのはわかる。だって、ネーミングセンスならきっと秋葉家一だ。その最終決定を行う、ママがここにいるのもわかる。
「なんで、僕まで呼ばれてるの!?」
「え? 筆頭株主だからだけど?」
即答されてしまった。なんだかんだ言って、秋葉家の発行株式その30%は僕が保有している。でも、ママの方針に口を出すつもりもない。そもそも、大概の場合、僕とママの意見は同じなのである。
聞いてくれるのは、悪い気はしない。僕も秋葉家の一員として認められた実感が沸いてくる。
ちなみに、今の僕はママのヒモだ。僕はお金を稼いだら、それを片っ端から秋葉家の株式に変換している。これをヒモと呼んでいいのかはわからないけど、ママと話し合って決めたことだ。
「さて、本日の議題でございます。本日は、暫定で一家としておりましたので、その正式な名前を決めたいと思います」
そう言って、文お姉ちゃんはホワイトボードをひっくり返す。そこには、ボードの半分を占める草案が書き込まれていた。
「はい! 文先生!」
幼女の無邪気さと適応能力はすごい。蒼さんが真っ先に手を挙げた。
実際には幼女ではないのだけど、どうしても幼女のように思えてしまう。
「発言を許します!」
そして、文お姉ちゃんはその独特な世界観を展開していく。
「秋月家はどうでしょうか!?」
それは、草案にはなかった。そして……。
「それ、ママの本名なんだよね……」
そう言いながら、ママは人差し指で頬を掻いた。
会社としてのホームページは現在製作中。そこに、乗る予定の名前と被ってしまう。だから、却下せざるを得ない。
「ですが、とてもいい意見だと思いますよ。なぜ、秋月がいいと思ったのですか?」
そもそも、ママの名前はその本名ですらとてもVTuberに向いていると思う。全体での響きが美しいし、中秋の名月を思わせる綺麗な名前だ。
「えっと、秋に憧れたんです……。すっごく、綺麗な季節ですから」
指を突き合わせながら、蒼さんが言う。却下されたのが、すごく残念そうだ。
「ふむ、ではオータム伯でいかがですかな!?」
そこに、伯爵こと彰人さんの独特な意見が投げ込まれた。
「却下です! 安直がすぎるし、その名前についてこられるのは伯爵だけです!」
だが、当然、その意見は独特すぎた。悪くはないと思う。だけど、日本人VTuberの苗字は日本の命名規則に従うことが多い。
「クロノ・ワールみたいに海外部門が出来た時に考えようか……」
だからといって、僕はその意見を全面否定することは無いと思う。
「あのー。他の季節を使うのはどうですかー? その季節も綺麗ですよー!」
霰さんが、そこに意見を投げてくれた。
「私も、それには賛成です。季節の名を冠することによって、秋葉家との一体感を演出できるかと思います」
それに、葛城さんは賛同した。
「大変素晴らしい意見です! では、こうしましょう! あなたたちは、秋葉の新しい時代を切り開く象徴。新しい時代は、春と共に訪れます。そこで、私から春の一文字を贈らせていただきます」
それが、僕にとってはすごくよく思えた。文お姉ちゃんが送った春にはいろんな意味が重なっていく。おそらく、2Dでのデビューが新年だ。迎春の春、そして新しい時代の春。
「ねぇ、順平君はそこにどんな文字を足したい?」
今意見を出してない人の中で、一番まともな人は順平さんだった。だから、ママは彼に声をかけたのだろう。
「えっと。その……春……春……ハル……。春の感謝祭……」
だけど、如何せんダメだった。どうやら、ネーミングセンスは順平さんはあまりないみたいだ。
「ではNANAMIさん!」
「はい、春歌家です!」
「却下します! 歌はNANAMIさんの名前の方に採用したいので!」
確かに、NANAMIさんといえば歌だ。というか、文お姉ちゃんの中では名前まである程度決まっているようだ。
「あ、名前……。そっちのほうが良さそうです!」
NANAMIさんはその却下を前向きに受け止めてくれた。
「シズクさん、あなたも発言してください!」
文お姉ちゃんはマーカーでシズクさんを指す。
指された、シズクさんはちょっと慌てて、そして控えめに言った。
「えっと……春一番……みたいな? うーん、風、でどうでしょうか?」
その発言に、一同感嘆を漏らした。
「素晴らしい! それにしましょう! 一家あらため、春風家です! 秋葉の新時代を告げる風、吹き荒んでもらいましょう!」
こうして、春風家は誕生した。
そして、その春風家のデビューは秋葉家にとどまらない、VTuberの新しい時代を告げる風となるのだった。
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