第149話・伯爵と一般人

 NANAMIさんは大喜びで帰っていった。

 続いて、面接室に入ってきたのは外見がどこにでもいる一般人だった。


「自己PRをどうぞ」


 葛城さんが言うと同時に、その一般人男性は中世の貴族のような礼をして言った。


「私はッ、ソーランド王国伯爵! 近衛彰人でございます! ドラキュラ伯爵に憧れること苦節29年! やっと、伯爵の地位を得てより1年、誰も伯爵と呼んでくれないのでございます! 私はッ! 伯爵と呼んで欲しい! VTuberならば、伯爵と呼んでくれるファンもいるかもしれない! 故に、受肉を志すのであります!」


 うん、この人、日本の伯爵ランキング一位だ。それに、ものすごく声がいい。深く、渋い声をしている。


「どうだ? 面白くないか? この人、伯爵に憧れて本当に伯爵になっちゃった人だぞ? ソーランド王国の爵位は金で買える。その伯爵を買ったんだ」


 ニヤニヤとしながら孔明お兄ちゃんが言う。

 そういう経緯で本当に伯爵になったなんて、伯爵に対する執念がすごい。キャラの濃さなら、秋葉家のトップを独走するだろう。


「リン君は、この人のことお義兄様って呼ぶ! そんな感じでどうかな?」


 ママはもう、この人に対しての僕の態度まで考え始めている。言及するまでもなく、秋葉家に欲しい人材と考えているみたいだ。


「ところで、近衛卿。同期の人と仲良くするつもりはありますか?」


 そう葛城さんが尋ねると、彰人さんは目から滂沱の涙を流した。


「おぉ! 卿! なんと……。我が生涯ここに報われました!!! もちろん、仲良くするつもりでございますとも! 同じ伯爵家として、溺愛するつもりでございますとも!」


 ちょっと……胸焼けしてきた。キャラが濃すぎる……。でも、その胸焼けも含めて楽しむ。そんな、VTuberになってくれそうだ。それに、僕より実年齢が上というのも貴重だ。彰人さんが誕生してすぐ伯爵を志したとしても、三十路という計算だ。是非、秋葉家に入って欲しい。


「ねぇ、リン君はどう思う? この人がお従兄様でもいい?」


 僕の意見は別に必要ないんじゃないかなとは思った。だけど、聞かれてしまっては答える他ない。


「うん! すっごくいい!」


 なんなら、NANAMIさんより秋葉家に来て欲しいまである。実年齢が僕より上と言うのは本当に貴重だ。遠慮なくお義兄様呼ばわりできる。


「分家に伯爵家を持つ……もしや、秋葉家は公爵様では!?」


 でも、今のところ暫定の一家はものすごくキャラクターが濃い集団になりそうだ。

 面接はそれからも続いた。孔明お兄ちゃんが書類を選別しただけあって、みんなVTuberとして申し分ないキャラクター性と技能を持っていると思った。でも、人間性の部分に問題を抱える人が多かった。


 この人はちょっと、秋葉家には来て欲しくないなと思う人も数人いた。そういう人は、しっかりママが弾いてくれた。そして、孔明お兄ちゃんが見誤ったと謝る。書類だけじゃ、わからないこともたくさんあるというのに。


 次にその場で採用を決めたのは男性だった。とはいえ、彼に関してはちょっと悩んだ。


「初めまして! この度、面接していただく工藤順平です! かねてより、秋葉家にはあこがれがありました。特技としては、プログラミング全般です! もちろん、ウェブサイトなどもお任せ下さい。HTML、CSS、JavaScriptはもちろん、他にも多数プログラミング言語を習得しています。時間をくだされば、他の言語もすぐに習得してみせましょう! 放送内容としては、プログラミングスクールを予定しています」


 内面は言わずもがな、外見すらさっきの伯爵より平凡なのだ。プログラミングを封印したならば、順平さんは一般人の代名詞にすら届きうるだろう。

 だが、すごく人柄は良さそうなのだ。話し方、表情がとても柔らかい。


「よかったら、なんか作ったウェブサイトとかって見せてくれるか?」

「あ、はいもちろんです! こちらのUSBに開発したアプリケーションが実行形式で保存されています。リンクもありますので、もし信用していただけるならどうぞ。もし、ご不安でしたら、URLのみ記載した紙もあります。」

「いや、信用する。USBを貸してくれるか?」

「はい、もちろん!」


 孔明お兄ちゃんが、ノートパソコンを取り出して、その中身を開く。すると、それは完全にプロの仕事だった。


「すごいな!? これ、フレックスボックスか? レイアウトが最適化されてる!」

「孔明君わかるの?」


 ママはそう尋ねる。ちなみにだが、僕にはさっぱりだ。


「多少触りくらいはわかる。でも実際にプログラムを組んだりはできない」

「お察しのとおり、フレックスボックスを使ってます。また、JavaScriptも併用していて、動的な表現も組み込んでいます!」

「いっそ、システムエンジニアとして雇うという手も……」


 そう、一番悩んだのはそこだ。葛城さんの言うとおり、システムエンジニアとしても一流の働きをすることが一目でわかる。


「お願いします! 俺、VTuberがやりたいんです! システムエンジニアの人手不足解消のため、未だエンジニアの露出が少ないVTuberでやっていきたいんです!」


 そして、彼のVTuber採用を決めさせたのは僕だった。


「あの、一家はすごくキャラ濃い人が多いよね?」

「うん……」


 ママがうなづく。


「その中に、順平さんがいたらすごく目立つんじゃないかな?」


 僕の言葉を聞いて孔明お兄ちゃんが立ち上がる。


「そうか! 真面目という個性! 対比で、それは間違いなく個性になる! でも、順平さんは苦労しそうじゃないか?」


「胃痛系VTuberになりそうですね……。それでも、やりますか?」


 葛城さんは順平さんに心配そうな目を向ける。


「胃痛どんと来いです! これでも、ブラック企業やめてきたので……」


 できれば、胃痛は避けられるようにして欲しい。でも、優しそうな人だ。できれば一緒に働きたい。


「決めた! ママは採用に一票!」

「俺も!」

「私もです!」

「僕も!」


 こうして、順平さんが秋葉家に来ることが決定した。

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