第148話・歌う熱血バカ

 ママが採用不採用の最終判断を下すのはわかる。一家として迎え入れるにあたって、その人柄を葛城さんが見ておく必要があることもわかる。それが、秋葉家にとって有益か無益かを判断するのに孔明お兄ちゃんの目は必要なこともわかる。


 だけど、なんでここに僕がいるのだろうか……。

 都内某所、秋葉家仮設事務所にて。本日、秋葉家史上初めての採用面接が行われる。


「では、お呼びしますね……」


 そう言って、葛城さんは面接用にセッティングされた部屋を出る。

 応募者は殺人的に多かった。老若男女問わず、千人近くが応募してきた。それを仕分けるのは地獄の作業だった。


 応募者の中には、小学生も居た。そして、その中には将来的に秋葉家に入って欲しいと孔明お兄ちゃんが思う人もいたのだ。その際なのだが、孔明お兄ちゃんが化物であることを実感した。右目と左目で、別々のPR文を速読するのだ。人間をやめてると思う。

 一人目の面接者が入ってきた。その姿に、僕は驚いて固まった。


「本日は面接よろしくお願いします。鷹司七奈美です! PRにも書いたとおり、以前は歌手をやっておりました! CD売上、日本一位になった経験があります! その経験は秋葉家でも生かすことができると感じています!」


 自己PR文の提出順に面接者を呼ぶことになっている。つまり、彼女は……。


「俺の狙ってた獲物。一人目の応募者。元歌手のNANAMIだ! 採用するか?」


 全部孔明お兄ちゃんの手のひらの上。本当に、この人には世界がどんなふうに見えているんだろう……。


「NANAMIちゃんは、ちょっと実力主義過ぎて不和を起こさないかが心配だなぁ……」


 ママが言うのもわかる。NANAMIさんは才能がないと思った人間を決して認めない。


「それに関しては、悔い改めました。芸能活動を続け、次第に傲慢になっていたのです。私は、鼻っ柱をへし折られ、そして考えて気付きました。どんな人にも才能があるのだと」


 すごく驚いた。人はいい方向にも変わるものだと。

 人は変わる、悪い方向に変わるのは両親でみた。だけど、NANAMIさんのこれはそれと真逆の変化だ。

 でも……。


「あ、あの……。鼻っ柱を折るなんて、そんな……」


 そんな厳しいことをしたつもりはない。でも、間違いなく僕のことを言っていたのだ。目線がそう、告げていた。


「では、目を覚ましてもらったと言い換えます! 傲慢になった私に、もう一度努力の道を示してくれたのはリンちゃんです!」


 びっくりするくらいにNANAMIさんは謙虚になった気がする。


「うん! 今のNANAMIちゃんなら、秋葉家に欲しい!」


 ママはそう言った。だって、懸念点が消えたのだ。だが、逆に葛城さんはちょっとだけ、複雑そうだ。

 でも、それでも。


「NANAMIさんが、芸能活動をしないのは間違ってると思う。それに、一緒に仕事できたら嬉しいな」


 僕が人生を狂わせてしまった人だ。願わくば、前よりも幸せになるように狂って欲しい。そんな思いもある。

 だけど、純粋に、一緒に仕事するのは嬉しいのだ。きっとNANAMIさんのレベルならRyuお兄ちゃんも文句を言わずに曲を作ってくれる。間違いなく秋葉家にふさわしい。


「ありがとうございます! これから、歌をたくさん教えてください! 師匠!」


 そう言って、NANAMIさんは飛びつくような勢いで僕の詰め寄って来て、テーブルの上に置いていた僕の手を握った。

 その瞬間、葛城さんの表情から複雑さが消えた。


「彼女は伸びます!」


 全員が全員、NANAMIさんを欲した。満場一致で、秋葉家に迎え入れることが決まった。

 だが、それとは別に……。


「キャラ変わってません!?」

「目が覚めたのです! キャラくらい変わります!」


 これでは完全に別人だ。だが、その別人っぷりがよかったのかもしれない。葛城さんは、それをいたく気に入った様子で眺めている。


「うーん、別の意味で姉弟子……。弟な師匠……。キャラ、湧いてきた!」


 と、ママは乗り気も乗り気。僕だって、NANAMIさんが秋葉家に来るのは大歓迎だ。


「師匠は恥ずかしいよ!」


 僕だって、まだまだRyuお兄ちゃんの弟子だ。僕には音楽を学ぶ余地がまだまだある。それなのに、師匠と呼ばれるなんて恥ずかしい。


「リン、諦めろ。NANAMIの新しい良さだ!」


 孔明お兄ちゃんがそう断言してしまうので、僕は引き下がるしかなかった。

 VTuberにはある程度の奔放さも必要だ。葛城さんが複雑な表情をしたのは、NANAMIさんの奔放さが消えたと思ったから。だけど、実際にはそれは形を変えただけに過ぎなかった。


 NANAMIさんのVTuberキャラクターの構想はその場できまった。歌う熱血バカ、それがコンセプトだ。名前すらまだ決まっていないけど、ママはその場でデザインを始めた。

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