第145話・金と銀
応接室に五期生たちがやってきた。
「リンちゃん、来てたんだ……?」
最初に口を開いたのはシズクさんだった。ひどく、後悔に塗れた声だった。
「うん! 助けに来た!」
そう、僕たちはそのために来た。絶対の交渉材料を持って、閉じ込められているかもしれないシズクさんたちを。
それは、あくまで孔明お兄ちゃんの予想。外れたら、大きなお世話も上等ってことでとりあえず来たのだ。
困ってるかもしれなければ、手を差し伸べてみたくもなる。所詮、偽善のダメ元だけど。それでもいい。
「私、リンちゃんにひどいことしちゃった! 私、何も止められなかった! 会社の決定に逆らいきれなかった……」
後悔の濁流が、目から滂沱の涙を伴って溢れ出した。止められなかったなんて仕方ないのに。
それは、大河の濁流を手で塞き止めようと試みるが如くだ。最初から、無理難題。
だから……。
「仕方ないことだったんだよ。シズクさんは何も悪くない。僕は何も怒ってなんかいないよ」
僕は立ち上がって、ゆっくりとシズクさんに近づいた。
シズクさんはちょっと、責任感が強すぎるかも知れない。
謝るべきはそもそもシズクさんじゃないのだ。謝るべきとしたら、そこにいる社長だ。
「ごめんなさい。私、もうVTuberなんてやってられない! だって、利用されてまた誰かを陥れちゃうかも知れない」
VTuberは良くも悪くも芸能人だ。知名度は純粋な力。今回は、その力に振り回されてしまったのだ。それを悔やんで、もう力を持たないって決めている。
「じゃあ、どうしたらもう利用されないと思う?」
ふと、ママが尋ねる。
「どうしたらって……?」
ママはシズクさんから帰ってきたその質問をさらに噛み砕いた。
「たとえば、葛城さん以外がシズクちゃんのことを代弁できない仕組みを作ったら?」
そうだ、葛城さんはずっと五期生をまとめてきた。秋葉家が五期生を助けに来るきっかけだって葛城さんが作ったものだ。その絆の深さは計り知れない。
「それなら!」
だから、シズクさんは信頼できるはずだ。葛城さんのことを。
シズクさんがVTuberをやめること、それは葛城さんとの別れも意味している。そんなの、僕が望まない。
「あの、勧誘でしょうか?」
葛城さんは、結論から入った。
「うん、勧誘!」
それをママは真正面から肯定する。
「そうですか。私にとっては、渡りに船ですね……。私は、もう、クロノ・ワールにはいられないでしょう。会社にも随分逆らいましたし、シズクに嘘をつかせたクロノ・ワールを私は許せません」
「じゃあ!?」
あまりにあっさりと、葛城さんは秋葉家に来てくれる意思を示してくれた。そこには打算もあっただろう。無職になることは決定しているのだ。そして、目の前に自分を欲しいと言っている組織がある。更には、葛城さんにとって我が子同然の五期生ですら、自分が秋葉家に所属すれば秋葉家に所属できるかもしれない。
そんな打算があったとしても、僕はそれを喜ばずにはいられなかった。
「はい。お受けいたします」
最初に秋葉家に来てくれることを決めたのは葛城さんだった。それは、僕の予想とは全然違った。僕は、シズクさんが最初だと思っていたから。
「では、私も秋葉家所属でお願いしますねー。シズクに嘘をつかせたクロノ・ワールは許せませんからねー」
そして、さらにあっさりと霰さんが秋葉家への移籍を決定した。
「うん、とりあえず二人共よろしくね! それで、シズクちゃんたちはどうするの?」
ママの問いかけに最初に答えたのはツヅミさんだった。
「あたしはさ、残るよ。今回のことは、あたしすっごい怒ってる! もう、腸煮えくり返るぐらい。でも、何にもなかったあたしに生きる術をくれたのは社長なんだ。まぁ、スカウトされた理由なんて、定員割れしてたからなんだけどね……」
それは、苦笑いなのに清々しい笑顔だった。
そう言われてしまえば、秋葉家は手を出すことができない。だって、強制的に引き抜きをかけるような示談ではないからだ。
「それでは私もです。ヅヅミが一人では何をしでかすかわかりませんから」
そう言って笑ったのは、まだ名前すらしらないVTuberの女性。綺麗な黒髪で、どこかお嬢様のような雰囲気を持つ人だった。
五期生は全部で四人。黄金が二人で、銀が二人。わざわざ銀と呼ばれているのは、シズクさんと霰さんには及ばないまでも強い輝きを放つからだ。
「あとは、シズクちゃんだけ。どうするの?」
ママがそう言うと、シズクさんは深く俯いた。
「私だって、秋葉家に行きたいよ……。クロノ・ワールではすごい傷ついた。でも、Vtuber以外に働き方なんてわからないし……。二人は残るって言うし……。私は許されないこともしちゃったもん」
その声は徐々に湿度を帯びていく。泣いているのだろう。
「ありゃ……あたし言いにくくしちゃった?」
「そうですね……」
銀の二人は、少し気まずそうにしていた。
「ねぇ、シズクちゃん。私は来てくれると嬉しいんだけど?」
ママはそう言って、僕たちを見渡す。
「僕も」
「「俺も」」
そもそも、僕たちはシズクさんを助けに来たのだ。なんなら、シズクさんに一番来て欲しいとだって言える。
「いい……の?」
「来てくれるの!?」
こうして、五期生のうち二人はクロノ・ワールに残り、そしてそれ以外は秋葉家に来ることが決定した。
僕としては、残ったふたりのことは心配だ。理由を聞かれれば、関わってしまったからとしか言い様がない。
「はぁ……社長の前でヘッドハンティングですか……」
「まぁ、黙ってなって。裁判にされちゃかなわないだろ?」
社長のそんな苦々しい一言を、孔明お兄ちゃんは笑い飛ばしたのだった。
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