第146話・ターニングポイント2

 クロノ・ワール本社を出ると、ちょうどそこに一台のハイヤーが来る。僕たちが乗ってきた孔明お兄ちゃんの車と合わせて、これで車は二台になった。

 そして、とりあえずで全員連れてママの家に来るのはどうかと思う。

 ママの家は高級マンションでかなり広い。とはいえ、七人も入るとさすがに狭いのである。


「さて、私たち秋葉家にはまだなんの設備もありません。本社ビルもなければ、3Dスタジオもありません!」


 ママが言うそれは仕方のないことだ。だって、そもそも本社も何も、企業ですらない。これから企業になるところである。

 それだってまだ、完全決定ではない。反対する秋葉家メンバーだっているかもしれないのだ。

 それでも、おそらく二人の加入は決定事項だろう。だって、僕だってママの独断で秋葉家に迎えられたのだから。


「私たち、元クロノ・ワール五期生はさしずめ一期生でしょうか?」


 そう言って、葛城さんは柔らかく微笑んだ。

 将来への期待が見て取れるようで、それが少し嬉しかった。


「一期生という言葉は使わない方針で行こうと思うんだ! 私たちは変なVTuberだから!」


 秋葉家のVTuberとしてのあり方は、異様としか言い様がない。だって、家族なのだ。そんな形態を取っているVTuberグループを僕たちは知らない。


「どんな言葉を使うつもりですかー?」


 霰さんが尋ねる。


「それはね、揃ってから決めたいんだよ! でも、家名にしようと思ってる! 仮ににのまえ家としよっか! 一家がたった二人なんて寂しいでしょ? 秋葉家は十一人もいるんだから!」


 それに、企業は五人程度を一気にデビューさせる。そう考えるともう少し人数が欲しい。

 秋葉家に一番足りてないのは雑談力。それははシズクさんと霰さんでかなり補充ができた。


「どうやって集めるんだろ?」


 僕は、ふと呟いた。

 孔明お兄ちゃんはいつの間にかノートパソコンを開いていた。


「今、ちょうど誰も放送してないタイミングが来た。全員通話を繋げたぞ!」


 今、まさに、秋葉家全員の意見が必要な瞬間だと僕は思っていた。そのタイミングで、孔明お兄ちゃんのこれだ。本当に、笑ってしまうくらいにいろいろ考えているのだろう。


「孔明君、いいタイミング!」


 まさに、欲しいところに欲しいものを供給してしまう。孔明お兄ちゃんはそんな人なのだろう。


『ママの声だぁ……。ご無沙汰でねぇか? 何かあったのけ?』


 最初におっとりとした方言で話す女性の声が聞こえた。


「ごめんねノラちゃん、ご無沙汰しちゃって」


 ちょっとだけ、罪悪感を感じた。だって、その言葉からは、僕が来る前は頻繁にやり取りしていたことが伺えたから。


『気にするこったらねぇ! 新しい家族さでけて、嬉しいのはみーんな同じだべ! そっだらことより、なんかあったんでねぇか? 話してけろ』


 僕も一瞬本題を忘れてしまった。今は秋葉家が舵を切る瞬間。だから全員の意見が必要だったはずだ。


『そうでございますよ。ここは閑話休題と致しまして、まずは本題を』


 透き通るような美しい声が、どこまでも丁寧な物腰で語る。きっと彼女は秋葉文あきはふみ。確か、小説や脚本を書く人だ。その才能の性質から、定国お兄ちゃんと最も関係の深い人だったと思う。

 いつかの家族自慢で聞いた話だ。


「そうだね、じゃあ本題! 私は起業したいんだ! ただの個人の集まりのままだと、これからも家族が狙われたりするかもしれない。だから、守るためにしっかりと組織としての枠組みを作りたい!」


 それに反対する人はいなかった。


「いいんじゃないか? 信用っていうのは要は金。枠組みを作ることで、俺たちの持つ金を一つにまとめることができる」


 その決断を後押しする孔明お兄ちゃん。だけど、孔明お兄ちゃんの予言めいた発言の結末がこれなのだ。秋葉家の転機、それに対するママの決断がこれだ。


『異存ねぇな! 俺は、海賊部署ってことで一つ!』


 と、定国お兄ちゃんは言うけど、会社に海賊がいたら困りものだ。でも、そういうことになるのだと思う。


「法務担当は任せろ!」


 心強い限りだ。顧問弁護士は確保するまでもないのである。


『と、土地なら少し……』


 実はノラお姉ちゃんは結構な土地を持っている。その土地でサバイバル系の配信をしているのだ。


『か、壁に飾る絵なら……』


 そう言ったのはきっと秋葉ソラ。秋葉家の誇るもうひとりの絵師で、水彩画家だ。


『グッズ作るときとか、俺の人形技術が役に立ったり……しないか?』


 もうこの発言で誰だかわかる。和葉お兄ちゃんだ。秋葉家のドールマスター。その技術は間違いなく役に立つのだ。


『音楽ディレクターは俺で決定だなぁ!?』


 Ryuさんの笑顔は透けて見えるようで、思わず顔が綻んだ。


『放送作家などは御入り用でしょうか?』


 文お姉ちゃんも心強い。というか、この人は文章に関することならなんでも出来るのかもしれない。


『医者ってなにができる……?』


 なんて、無力を嘆くような声を出す博お兄ちゃん。だけど、医師免許を持つ社員がいる会社なんて聞いたことがない。どうなるかはわからないけど、絶対に力を借りたい時が来るはずだ。


「リン君は?」


 僕の意見が必要だなんて思ってなくて、僕は驚いてしまった。


「ふえ!?」


 そして、おじさんが出していいやつではない声を出してしまった。


『おいおい、お前が反対したら終わりだぞ! エース!』


 と、Ryuお兄ちゃんが冷やかすような声で言う。

 エースだなんて。僕は秋葉家の人は全員エースだと思っている。部門が違うだけだ。

 だけど、それでも……。


「賛成ですよ! 歌なら任せてください!」


 こうして、秋葉家が企業となることが決定した。


「私たちは、歴史の転換点に立ち会ったのかもしれませんね……」


 その光景を見て、葛城さんはそう漏らした。

 本当に、歴史の転換点だったのだ。芸能界という一つの小さな世界が変革に至る、その序章の……。

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