第142話・秋葉亮孔明
三人で外に出ると、そこに一台の黒い車が載っている。
側に立っているの、革のジャンパーのに金の短髪、サングラスまでかけた、とても頭がよさそうには見えない男性だった。
「よし! みんな乗ってくれ! クロノ・ワールにカチコミだ!」
そして、その人は僕の予想を裏切るかのように、口から孔明お兄ちゃんの声を出した。
僕たちは孔明お兄ちゃんに促されるまま、車に乗る。
その途中、カゲミツお兄ちゃんは言った。
「リン君の望みじゃなかったら、いくら孔明にいでも喧嘩だったぞ……」
車の座席に全員が着席して、それから孔明お兄ちゃんは返事を返した。
「俺は、リンならこう望むと思ったんだ」
それは、孔明お兄ちゃんであるということを念頭に置いて考えれば、遅い返事だった。なのに、動作が挟まったことで、それを誰もが見逃していた。
「いつから、リン君を見てた?」
続く問いに、孔明お兄ちゃんはまたも答える。
「決まってるだろ? 初めて放送に参加した、あの日からだ」
それは、僕が秋葉家に来た直後のこと。つまり孔明お兄ちゃんは僕をずっと見守っていたのだ。
「なんで、これまで口を出してこなかったんだよ!?」
カゲミツお兄ちゃんの問いに、孔明お兄ちゃんは答えた。
「最初は、リンが秋葉家らしいと思えなかった。歌を聞いて、誰よりも秋葉家らしいと思った。でも、その瞬間から俺はリンを秋葉家の武器だと認識しちまった。これを上手く運用すれば、世界を変えられる。そんな戦略が無限に思いついた。だけど、そこにリンの気持ちなんてものはなかった。だから、俺はその時決めたんだ。俺はただ、守ることだけを考えようってな」
天才ゆえの苦悩がそこにあったのだと思う。その無限の戦略を捨てるのは、おそらく苦渋の決断だ。だけど、カゲミツお兄ちゃんはそれをやった。僕のことを考えてくれたのだ。
「なるほどな……。わかったよ」
そして、カゲミツお兄ちゃんはこのことに関して何も言わなくなった。
「カゲ……あれ持ってきたか?」
不意に、孔明お兄ちゃんはカゲミツお兄ちゃんに問う。
「まぁ、当然……」
「俺は書類作成まではできない。頼って悪い……」
「そういうのは俺の仕事だ。任せてくれよ」
そう言って、カゲミツお兄ちゃんは笑った。どうやら、雨降って地固まったようで僕は胸をなでおろす。
その時、ふと、孔明お兄ちゃんがイヤフォンをしている上に他にも耳元に何かつけているのが見えた。
「あれ? なにか聴いてるんですか?」
ふと、気になって僕は訪ねてみた。
「あぁ、今はノラの配信を聞いてる。秋葉家の配信は全部聴いてるんだ」
孔明お兄ちゃんも孔明お兄ちゃんで、人間なのかが怪しい気がしてきた。だって、受け答えははっきりとしている。それに、戦略だって同時並行で立てているはずだ。
「孔明君は、秋葉家の放送は全部知ってるんだよ! こうやって、私たちを守ってくれてるの」
秋葉家が炎上しない謎は解けた。だけど孔明お兄ちゃんに関しては謎が深まるばかりである。
それでいて、ゲーム配信までする余裕があるというのだ。本当に、人間なのかが疑問だ。
「情報っていうのは、あればあるだけいい。だから、手に入れられる範囲の情報は全部手中に収めたいのさ。今の事のためにもな」
そんな人外の所業を、孔明お兄ちゃんは軽く笑いながらやってのけている。
「じゃ、最終確認だ。偽計業務妨害をネタにクロノ・ワールには五期生及びそのマネージャーに対する自由退職を認めさせる。それをもって、示談とする」
条件の一つ目をカゲミツお兄ちゃんが言った。
「その後、希望する者は秋葉家で受け入れることを明示する。全員来るかどうかは本人たちの意思次第!」
条件の二つ目をカゲミツお兄ちゃんが言う。この二つの条件は、僕も把握していた。
「それで、秋葉家に来てくれた人は秋葉家の分家として扱う。先輩後輩扱いは禁止! 私たちは家族だから!」
きっと、それは僕が放送をしている間に決まったこと。
「僕は末弟のままなんだね……」
それがちょっと不満だ。僕だって、ちょっとはお兄ちゃんぶりたい気持ちもある。
でも、それは本当に些細なこと。
「「「当然!」」」
そう流されてしまっても、僕は笑って受け入れるだけだ。
「ねぇ、起業しない? そろそろ、個人勢の集まりって言うには規模が大きすぎる気がするの。それに、葛城さんもうちに来るならマネージャーさんも雇うことになるでしょ?」
言われてみれば、しっかり企業として秩序を構築したほうがいいほどの規模になっているのかもしれない。
「なるほど、それがママの決断な! OK! 忙しくなるぞ、カゲ!」
「よっしゃ、やってやるぞ!」
決意を新たにしながら、孔明お兄ちゃんの車は僕たちを乗せて疾走した。
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