第141話・それぞれの愛
放送が終わり、防音室を出るとそこにはなぜか不満げなカゲミツお兄ちゃんが居た。
「なんでそんな顔してるの?」
そう、僕は思わず尋ねた。
「いや、だってさぁ……。あんなに名誉を毀損されたんだ、向こうは法を犯してるんだ! 裁判で戦うべきだ!」
考えればわかったはず、カゲミツお兄ちゃんは弁護士だ。それは、法の番人であるという側面も持つ。だったら、違法が許せないのも当たり前のこと。
「凛君がそんなこと望むわけ無いでしょ? カサ・ブランコの時もそうじゃん? 凛君は許す子。そうじゃなかったら、ママが戦ってたよ!」
ママは、そう言ってカゲミツお兄ちゃんをなだめた。
ママは僕のことを本当によく理解してくれていると思う。それも、急激に変化していく僕の心を、その変化も含めて。
「だってさぁ、ママ! ……リン君も納得してないだろ?」
意外にも、それは法の番人としての意見ではなく、僕の兄としての意見だったのだ。
僕はそれに少し驚いて、そして少し顔が綻んだ。
「僕はいいよ。僕たちVTuber業界は後輩な芸能界だから。だったら、先輩と共存がしたい。戦って、お互い潰し合うなんて、悲しいよ!」
僕はそう思っている。
テレビにはまだまだVTuberは敵わないところが多い。取材力、拡散力。その二つは、まだまだテレビが上だ。そして、それはこれから先も多分変わらないものだと思う。
「あぁ、なんでだよぉ!? あんなにめちゃくちゃやられてなんでそこまで大人になれるんだよ!?」
僕の言葉を聞いて、カゲミツお兄ちゃんは頭をかきむしった。
なんだか、よくわかった。ママもカゲミツお兄ちゃんも、僕のことを好きでいてくれてるから意見が分かれている。
ママは、僕を好きで理解してくれているから反撃をしたくない僕の気持ちまで分かっている。カゲミツお兄ちゃんは僕に親身になりすぎて、自分が攻撃されたかのように思っている。
怒ってるカゲミツお兄ちゃんには悪いけど、僕はすごく幸せだ。こんな幸せの中にあって、顔が綻ばない人が居るのだろうか。
それはともかくとして……。
「大人じゃないよ。我欲にまみれてる。だってさ、共存関係が整ったら得するのは僕達VTuber側じゃん?」
そう思っている。今はまだ、テレビとVTuberは、曖昧ながら境界のある世界だ。いつかそれが混ざり合って一つになっていく。そうしたら、VTuberはもっと多くの視聴者さんを獲得できる時代が来ると思うのだ。
それこそ、芸能人のひとつのジャンルになる未来もあるかもしれない。
きっと、その未来ではVTuberという言葉は消えている。Utubeという世界を飛び出して、単純にバーチャルタレントという言葉に置き換わるだろう。
「いや、それが本当に大人だよ……。殴られたら、殴り返したいのが普通だ。殴られても黙って、その先の得を考えるなんて、どこまでも大人な奴がやることだ」
「そうなのかな?」
大人になった自覚なんてない。それこそ、僕は子供な部分なんていくらでもある。ただの平和主義、そんな気さえしている。それを、成熟の証と呼ぶには、少し不足だ。
それに危機感もある。完全に成熟して、そこに魅力はあるのだろうかと疑問符が浮かぶ。
「そうだよ! すっごい大人になった! それだけじゃなくて、大人と子供のいいとこ取りになった!」
ママは僕をそう言ってくれる。だから安心した。大人と子供のいいとこ取りなら、それが一番魅力的なキャラクター性なのかもしれないから。
「折れるかぁ……。リン君を想うなら、一番大事なのはリン君の夢だ。それを無視して突っ走るのは余計なお世話だ……。俺も、大概ガキだな」
そう言って、カゲミツお兄ちゃんは自嘲的に笑った。
「そうやって、折れることができるのも、大人だからだよ!」
だけど、ママはそう言って、それぞれがそれぞれの個性を持って大人になっていくと認めた。
別に大人とは画一的なものではないのだろう。そういう教訓を得た気がした。
突如、ママの携帯が鳴り響く。
電話に出ると、一瞬の後ママは言った。
「わかった。今、スピーカーに切り替えるね」
電話の相手は孔明お兄ちゃんだった。そして、その第一声がこうだった。
『揃ってるか?』
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