第140話・朝を待つ
今回、このタイミングだからこそファンは僕からの発言を待っている。放送用の台本にはそのメッセージが添えられていた。
そして、台本はこう始まる。
「皆さん、こんにちは。秋葉リンです。今回は、ファンの方々に多大な迷惑をおかけしてしまいました。本当に申し訳ありません」
それは、秋葉リンのキャラクターというより、僕本人の言葉に近かった。
だけど、それをファンに向けて僕が話すことにはあまり違和感が無いようだ。そもそも、僕が初めてママの配信に出演したのは、秋葉リンという名前すらまだなかった頃。むき出しの自分が、ママの配信にお邪魔したのが始まりだ。
銀:待ってた!
デデデ:一言言って欲しい。「エフェクターなんて使ってない」って
里奈@ギャル:引退なんて、考えちゃったよ……
剣崎:俺たちはわかってる。リン君はエフェクターなんて使わないって。
ダン・ガン:そういうこと、一切しないってわかってるからファンとしてついてきたつもりだよ。
コメントは最古参のファンから始まった。
彼らは僕が独力で獲得したファンではない。だけど、活動開始より前からずっと僕を支えてくれる人たちだ。彼らには感謝しかない。
ベト弁:横で聞いてたんだ。嘘じゃないことくらいわかる。
チャイが好きィ:一緒にバンドやったんだ。誰よりも信頼してる。
初bread:エフェクターなんてリンちゃんの足を引っ張るだけだ。
バッバ:炎上してようがどうだろうが、リンちゃんの歌は素晴らしい。それは変えようのない事実なんだ。
そして、次にRyuお兄ちゃんを経由して僕のファンになってくれた人たちがコメントした。
彼らは音楽のプロで、その耳はごまかせるわけなどない。
その発言は足元を固めてくれた。
お塩:最初は疑ったりもしたさ。あまりにうますぎるからね。人間の領域じゃないと思った。でも、豊かで圧倒的な感情表現は、誰よりも人間らしかった。
わー!ぐわー!?:俺も歌を歌うからわかる。リンちゃんの歌がどれだけ素晴らしいのかが。人の心を支配するほどの歌、この世に唯一無二の歌姫だ。
僕のファンに音楽家は他にもいた。それは、僕が初めて独力で手に入れたファンの人達。歌を経由して僕に会いに来てくれた人たちだ。
自分のプライドもあるだろうに、それなのに嫉妬することなく僕を褒めてくれる。それは、すごいことなのだ。
そして、僕はそのすごいことをやってのけることができたのだ。
Mike:力を貸したい。出来ることはなんでもしたい。俺たちはただの厄介ヲタクだから。
Alen:推しが不幸なのが耐えられない。幸せに出来るなら、なんでも言って欲しい。力を貸すよ。全力だ。
思えば僕が急成長したのはこの二人がきっかけだ。だけど、バタフライエフェクト。きっとこの人たちが来てくれたのはRyuお兄ちゃんのファンの人たちがきっかけだ。
物事はいつも複雑に絡み合っていて、ひとつの大きな出来事が起こるには、その土台が必要なのだと思う。
さーや:今一番迷惑かけてるのって、うちらと同じ人種だと思うんだ。本当にごめんね。ぶっちゃけ、ギャルってヲタク見下してる子も、まだ少なくないから……。
みあ:いつでも、リンちゃんにはしぁわせにぅたっていてほしぃ……。
みぽりん:どんなリンちゃんでも。うちらもう味方だから!
ギャルな人たちでさえ、VTuberというヲタク文化に馴染んでくれている。この人たちだって、今やもう古参と言っても過言ではない。
確かに、ヲタクを見下しているギャルの人はまだまだたくさんいるだろう。でも、それはこの人たちには関係のないことだ。
きっと、この人たちはヲタクにも優しいギャルになってくれたのだろうから。
他にも、コメントはどんどん寄せられた。僕が読みきれないほど、とてつもない速度で流れる。
中には僕に対する批判もあった。
だけど、多くは僕の言葉を求めていた。
「僕は今回エフェクターなどは一切使っていません! テレビ局側で用意していただいた音響設備を使いました! 僕がエフェクターを使う余地は一切ありませんでした!」
ただ、その言葉を僕の口から聞ける瞬間を待っていたのだ。
次第に、コメントはテレビへの報復を行う流れになってゆく。だが、台本に書いてあることと、僕の気持ちはシンクロした。
次の一行はこうだ。
「炎上はここまでにしましょう! 僕たちはただ、騒動が終わるのを静観しませんか!? テレビとVTuberは共存できるはずです! 納得の行かない方もいるかもしれません。でも、耐えるという選択を希望します! 僕たちVTuberは後輩です! テレビの芸能界に比べればまだまだ歴史が浅いのです! だから、今はじっと耐えて、いつか和解できる時を待てたら……」
嗚咽が喉をついた。私情を殺し、最後まで台本を読みきるつもりでいたのに。コメントがそうさせてくれない。
僕の言葉をお気持ち表明だと笑うコメントも散見される。だけど、僕のファンはそれに反撃しないのだ。その事実が雄弁に、ファンたちの賛同を僕に伝えてくれた。
安心する。
ただ、じっと耐えながら、僕に応援の声だけを届けてくれる。
「待てたら、いいなと思っています!」
お気持ちだなんて、それは単なる事実だ。最初から、気持ちを伝えるために放送しているのだ。
念のための台本。だけど、それは未来予知でしかなかった。きっと、台本がなくても僕は同じ発言をしただろう。だけど、僕は孔明お兄ちゃんの意図を完全に理解していなかったのだ。それが、孔明お兄ちゃんの考える最大の報復だったことを……。
それは奇しくも僕が描く未来をそのまま口にするような言葉。だからこそ、僕が言いたいことと一緒なだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます