第138話・暗転

 クロノ・ワールから一通のツイートが発信される。


 内容は、僕がシズクさんとのコラボの際に何度もリテイクを出してシズクさんを苦しめたというものである。


 もちろん、それは事実無根だ。あの時シズクさんはリテイクを重ねるごとに成長する自分を楽しんでいた印象がある。


 それを裏付けるメッセージがツブヤイッターのダイレクトメールに受信された。

 葛城さんからのメッセージだった。


『秋葉リン様。ご迷惑おかけして申し訳ありません。クロノ・ワール本社から発信されたツイートはリン様を陥れるための悪意に満ちたものです』


 そこでメッセージは終わっている。

 それをみた、孔明お兄ちゃんの見解はこうだ。


『クロノ・ワールはディストピアになった……。葛城さんと言う人物は、非常に丁寧な人物だと思われる。それを考えると、このダイレクトメールは目を盗んで送信された可能性が高い。馬鹿な手だよ。下手したら自分の会社を潰すぞ……』

「そうまでして、僕を欲しがるものですかね?」


 その答えを聞いて、僕は自分を過小評価していたのだと知る。


『欲しいだろうな……。リンは間違いなく伝説なんだ。活動期間半年で、VTuberと言う世界の頂点に立った。それに、VTuberの業界をやっているクロノ・ワールだから解る。NANAMIに勝てる歌唱力を作り上げるエフェクターなんて存在しないことが』


 よく考えればその通りなのだ。企業のVTuberが持っていない技術を個人のVTuberなどが持てるはずがない。だからこそ、秋葉家にそんなファンタジーのようなエフェクターがないことはまるわかりだ。だからこそ、それが一切の加工をされていない歌唱だということは、火を見るより明らかだ。


 つまり、クロノ・ワールとカサ・ブランコには僕が日本一の歌姫であると見えている。

 NANAMIさんのファンが国内で一千万人。それが、僕が潜在的に獲得可能なファン数に見えるはずだ。そう考えると、国民の十人に一人を味方につけられる可能性があるのは凄まじい。


「そっか、金の生る木だったんだ……」


 そういうふうに例えられたこともあろうに、話の規模が大きくなったとたんそれを忘れていた。


「リン君はそんな生易しいものじゃないよ……」


 ママがそう言うのだから、きっと僕はそうなのだ。

 でも、僕がそうで在れる場所はきっとここだけだ。僕は、不意に声をなくしてしまう程か弱い。それでも秋葉家は僕を支えてくれた。誰も、僕を諦めなかった。


 だからこそ、僕はここでなら無限に成長することができる。

 ここを捨ててしまったら、僕はきっと空っぽに戻ってしまう。きっと、僕を欲しがっている人にはわかってないのだと思う。


『さて、そろそろ風が変わるかな……』


 その言葉の意味は分からず。だけど、ダイレクトメールが届いた。

 今度は、知らないアカウントからだった。


『いきなりごめんなさい。美月シズクです。この度、アカウントをクロノ・ワール本社に乗っ取られました。今後、リン君に対して攻撃的な内容が発信される可能性があります。本当に申し訳ありません』


 その文面をよんで、僕が第一に感じたのは罪悪感だった。

 炎上に対する焦りを乗り越えた先に、現実感が追いついてきたのだ。


「僕、たくさんの人の人生を狂わせちゃったのかな……」


 そう思って落ち込んだ。


『バタフライエフェクトって知ってるか?』


 不意に、孔明お兄ちゃんが言う。


「うん……」

『普通の人間でもな、知らず知らずのうちに他人の人生を狂わせたり、導いたりしながら生きてる。だから、気にすることはないんだ。でも、どうしても気になるって言うなら……。あぁ、この先は俺には言えないや……』


 僕にはなんのことなのかさっぱりだったけど、孔明お兄ちゃんが言い終わると同時にママは言った。


「そうだね、雑談特化の人って秋葉家にいなかった気がするなぁ……」


 それは、僕にとって考えうる最優の未来に向かう発言に聞こえた。


「シズクさんを秋葉家にするの……?」


 そうすれば、シズクさんはVTuberをやめなくて済む。

 秋葉家には炎上対策や社会保障などはない。その点は、ただの個人勢VTuberだ。だけど、ブランド力自体はあるのだ。最低限の初期ファンは僕同様に獲得できるだろう。


「それは考え中。リン君が秋葉家の末っ子としてすごくいいポジションだからね!」


 でも、そう上手くはいかないことは分かっていた。


『じゃあ、どうだろう? 分家という体で新たなグループを設立するのは』

「あはは、それじゃあもう企業の規模だね! でも、それいいかも!」


 でも、それをやるためには僕が足を引っ張っている。


「ごめんなさい……」


 いたたまれなくて、ただ謝るしかできなかった。

 少しその言葉を噛み砕く時間を置いて、ママは言った。


「あ、そういうこと? 大丈夫だよ! でしょ? 孔明君!」

『あぁ! 全く問題にならない!』


 それは、なぜかどこまでも自信満々な言葉だった。

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