第137話・パッション

 烈火の勢いとなり、僕を中傷するつぶやきは、ツブヤイッターに溢れかえった。

 その時、ほぼ同時に二通のダイレクトメールが届いた。

 クロノ・ワールとカサ・ブランコの両者からだ。


『株式会社クロノ・ワール炎上対策担当

 平素より大変お世話になっております。クロノ・ワールです。

 此度、秋葉リン様がネット上で炎上なされているのを拝見いたしました。

 そこで、一度秋葉リンというキャラクターを捨てて頂き、クロノ・ワール所属のVTuberとして一からやり直すという手段をご提案させていただきます。

 弊社には、炎上対策担当部署があり、炎上を未然に防ぐ備えがあります。

 また、企業VTuberという職業は個人に比べ安定した収入が期待できます。

 秋葉リン様の色好いお返事をお待ちしております』


 要約してしまうとこうだと思う。『炎上を収めてやるからウチに来い』。それを婉曲して丁寧に見えるような文面で送っているだけだ。


 だけど、独断専行はやめよう。一時、カサ・ブランコのメールも確認してから、孔明お兄ちゃんに連絡しようと思う。


『株式会社カサ・ブランコ大谷。

 コラボして、エフェクター疑惑を少しでも晴らしませんか?

 スタジオ、楽曲、ご用意します! というか、クロノ・ワールの美月シズクさんを羨ましがる声が我が社の中でかなり上がっています。

 是非、やりませんか!?』


 そのメールをよんで、僕は思わず吹き出した。


「ぷっ……」


 同じ部屋の中にママがいた。だから、僕が吹き出すのを当然見ていて、不思議そうに訪ねてくる。


「どうしたの?」


「いや、カサ・ブランコに大谷さんって人がいるんだけど。その人がまた暴走してて……」


 電話を触ることは禁止されたはずだ。だけど、ビジネスメールらしからぬ文言で僕にメールを送ってきた。


 きっと、また独断先行だと思う。


「笑っちゃうような人なの?」


「うん! すごく才能がある人なんだと思うんだよ。でも、ちょっとコミカルなんだ」


 普通、詳細な内容とか、いろいろ書くべきことはあると思う。それを書かないどころか、ビジネスメールに感嘆符や疑問符を使ってしまうのが面白い。というか、という文言も面白ければ、突っ込みどころ満載だ。


 僕はこの大谷さんを憎めない。それどころか、関わっていると、顔がほころんでしまうのである。


「あれ? VTubrやったらよさそうな人だね?」


 才能が有るポンコツ。それは、とてつもなくVTuberになるのに向いているのだ。


 才能の部分に憧れて、でもポンコツな部分に癒される。VTuberをやったらかなりのファンを獲得する気がした。


「確かにそうかも……」


 僕は大谷さんに関して、そう思わざるを得なかった。


「それで? クロノ・ワールとカサ・ブランコから連絡が来たの?」

「うん」

「じゃあ、孔明君に電話しようか?」

「うん」


 ママが電話を取り出して、孔明お兄ちゃんに繋げた。

 電話の向こうの彼に、僕はメールの内容をそのまま伝えた。


『なるほど。敵と味方だな……』


 僕も同じように思った。クロノ・ワールはただただ自社の欲望で動いているだけ。クロノ・ワールの提案を受け入れれば、僕は秋葉家にいられなくなる。それは嫌だ。


「どうしたらいいと思います?」


 でも、どう動くのが正解かなんてわからない。


『クロノ・ワールの話はきっぱりと断るしかないだろうな……』


 この時、僕は誤解していた。クロノ・ワールが敵に回るのはこの直後の話だったのだ。


「分かりました。断りのメールを入れておきます」

『辛いことになると思う。だけど、どうか耐えて欲しい』


 だから、その言葉の意味がわからなかったのだ。

 僕は、クロノ・ワールにメールを送る。文面は、ママや孔明お兄ちゃんにも手伝ってもらって作成した。


『株式会社クロノ・ワール様。

 平素より大変お世話になっております。秋葉リンです。

 お誘いの件、大変嬉しく思います。ですが、私秋葉リンは、これからも秋葉家で活動を続けることを希望しております。

 クロノ・ワール様のお申し出を受けることにより、それが困難であると理解いたしました。

 ですので、お申し出を見送らせていただきます。』


 そしてもう一通……。大谷さんへの返信も送った。

 こっちは、元のメールを見て三人で爆笑してしまった。


『大谷様……。

 コラボの件、お受けしたいのは山々ですが、現在私秋葉リンは炎上中です。

 なので、株式会社カサ・ブランコ様にも多大な迷惑をおかけしてしまう可能性があります。

 今回の件は、炎上後に再度コラボをお考えいただけませんでしょうか?』


 すると、カサ・ブランコからはすぐに返事が来た。


『炎上中でも関係ありません! やりましょう!

 我が社の炎上商法に力を貸してください!!』


 それを見て、僕たちはまた笑う。だって、それはビジネスメールというにはあまりにパッションが強すぎる。

 そして、さらにメールが届く。


『炎上してでも、秋葉リン様とコラボしたいって……。そう言っている子が、こっちには何人もいるんですよ!!!』


 それに、孔明お兄ちゃんがたまらず声を上げて笑った。


『ビジネスじゃねえのかよ!? なんだよ、この人! めちゃくちゃ面白いじゃん!』

「いるんですよ!!!って……。いるんですよ!!!って……」


 それどころか、ママまでお腹をかかえている。


「面白い人ですよね!」


 なんだか、それが癒しで、炎上の真っ只中だなんて忘れてしまった。

 そして結局、なんやかんやでコラボをすること自体は決まる。大谷さんに押し切られてしまった形になったのだ。

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