第134話・完全実力主義
収録が進み、僕への質問などが終わる。
かなり質問が多かった。それは、こう考えることもできるかもしれない。『お前は無名だ』というメッセージ。でも、それは考え過ぎかも知れない。そもそも、VTuberは喋ることができる状況自体が美味しいのだ。
「ほな、そろそろね、視聴者さん知りたい思います。VTuberトップの歌姫と、テレビ業界トップの歌姫、どっちが歌が上手いんや!? 先行は、秋葉リンちゃんから行こう思ってます!」
囲碁や将棋などでは、実力の劣る方が先手である。だから、きっと僕が先の理由はそれにならったのだろう。
「はい! よろしくお願いします!」
そう言いながら、僕はスタジオの中央に進んだ。
「てか自分、男言うとるやんな?」
「はい」
「歌姫でええんか?」
そういえばそうだ、僕は男である。歌姫は少し変だ。男性の場合、なんと言うべきだろう。歌王子だろうか……。
ともあれ……。
「ファンの方にそう呼んでもらえましたから!」
この呼び方を受け入れる理由なんて、それで十分である。ファンの人達に支えられて、僕はここにいる。前人未到のステージに。
正確には、僕は不死鳥の歌姫だ。預けてくれた夢をのせて、僕は自由に羽ばたくのだ。
「ファン思いやなぁ……。ほんま、ええ子やん! んで、何歌ってくれるん?」
フリップには、こう書かれていた。
「MalumDivaです!」
僕が一番うまく歌える歌だ。精一杯歌おう。それなら、NANAMIさんにも太刀打ちができるかもしれない。
僕のルーツはやっぱりこの歌だ。
いつの間にか、初めて歌ったあの時よりもさらに心が込められるようになっていた。それは、僕が恋愛感情を今経験しているからなのかもしれない。
捧げるだけじゃない、感謝するだけじゃない。焦がれ、狂い、感情の激流の中で祈る。やっと、僕は本物の邪教の歌姫になれたのだ。
わざと音程を壊して、狂わせながら歌ってゆく。倍音を本来の音程に合わせて、その音が際立つように操作する。ギターの音のような聞かせ方だ。だけど、倍音は多く発声して、ヴァイオリンのような色気を帯びさせる。
こんなこと、声変わりがなかったら出来なったと思う。
それは、過去最高のMalumDivaだった。全ての音を支配し、僕の表現したい激情に巻き込んで歌い上げることができた。
歌い終わるまで、歌のことしか考えていなかった。
歌い終わって、周囲を見渡すと、聞いた全ての人が涙を流していた。一人を除いて。
「やってくれおったのう!? ピッチ操作に、エフェクターか!? アホか!? 自分の実力で勝負せんかい!?」
竹下さんの評価は、僕が不正を働いたというものだった。
「え!?」
当然、僕はそんな事をしていなくて混乱する。だって、僕は自分のできるベストを尽くしただけだ。
「まぁまぁまぁ、VTuber業界の音声加工技術が優れとんのは認めるわ! おい! NANAMI! 本当の技術を見せたれ!」
あぁ、本当に嫌だ。最初から台本ありきだったのだ。僕を陥れるための台本だったのだ。それを……。
ふと、NANAMIさんが、歩いて寄ってくる。
そして、拳を握り締めて、大きな声で言った。
「愚弄するのもいい加減にして! あれは、本物の技術! 私なんかが太刀打ちできるものじゃない! もう、私なんかじゃ何が何だかわからないよ……」
そんなことを言ったらNANAMIさんはきっと、芸能界で居場所をなくす。でも、NANAMIさんは言ってくれた。
「カット!」
その声が挟まって、竹下さんの表情は鬼の形相に変わった。
「わかっとるんやろな!?」
それに、NANAMIさんは真っ向から睨み返した。
「私は、この子を評価しない芸能界なんて辞めてやるって言ってるの!」
未だ、混乱の坩堝にいる僕は、何を言っていいのかわからない。
ただ、吐き捨てるように竹下さんが言った。
「ホンマ……アホやで……」
それは、呆れ返ったような言い方だったが、それをNANAMIさんは鼻で笑った。
そして、NANAMIさんが少し屈んで、僕に目線を合わせる。
「見下してごめんなさい。秋葉リンさん、あなたの実力は私より遥かに高い。もし、許してくれるなら、私に歌を教えてください。私も、あなたみたいに歌えるようになりたい」
「僕なんかが、教えられることがあるでしょうか?」
相手は日本一の歌姫。それに、及ぶ実力なんて到底自分にあると思えなかった。
「そうですよね。教えを乞うからには、実力を把握してもらえませんと……。今から、歌います。どうか、聞いてください」
なぜだが、その歌に伴奏がつく。そして、NANAMIさんは歌った。
その歌は、完璧な技術で表現されていた。その精密さは、まさに圧巻だった。だけど、完璧なだけ。聞けば聞くほど物足りなさを感じる。
NANAMIさんの歌は、その歌の世界観を完璧に表現している。だけど、そこに感情が与える温度を僕は感じることができなかった。
言葉にしてはいけない次元で、NANAMIさんに僕は物足りなさを感じてしまったのだ。
「どうでしたか?」
歌い終わると、そう僕に尋ねた。
「すごく、上手です……」
非の打ち所を言葉にできない以上、僕はそう言うしかなかった。
感性の領域だ。額面的な理解は、本質的な理解の成長を妨げると思う。
「そう、ですよね。私は上手なだけです……」
そう言った、NANAMIさんはどこか不満足気な表情をしていた。
後日、その番組は放映された。ツギハギして、僕が音を加工して不正を行ったということを強調する内容で……。
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