第133話・収録開始
番組の収録は始まった。
竹下さんに関して、僕の心の表面と裏面は真逆の感情を抱いている。表面、表に出す部分には、憧れや尊敬を映し出す。だが、裏面は軽蔑だ。力がある人は、ボクにとっては寛容でなくてはいけない人。なのに、竹下さんは狭量だった。
今回の収録は、不安しかない。
「お昼やで! 盛り上がっていきまっせ! 『Vジェネシス』、はじまりますよって! えー、この番組ですね……。VTuberというものを紹介していきたいんですよ! これね、思うんですけど、新しい芸能界ちゃうかなって思っとるんです! せやったら、老舗の方の芸能界である我々テレビが負けるわけにいかんやないですか? せやから、トップ同士争ってもらいましょ思って。本日は第一回! 歌手のジャンルでお送りしたいと思います! ゲストはこの二人!」
竹下さんが挨拶を終え、カメラが僕たちの方に向く。
上座はNANAMIさん。だから、自己紹介はNANAMIさんが先だ。
「テレビ軍代表のNANAMIです! VTuber軍に負けないように頑張りたいと思います!」
さっきまでと別人のようなNANAMIさん。清々しく透明感を持った態度だ。
その発言は、全部フリップを読み上げたもの。きっと、僕もフリップを読み上げることになるのだろう。
自信は、少しなかった。だって、僕は演劇者ではない。僕の才能のない部分だ。
予想通り、フリップが表示される。意を決してそれを読んだ。
「VTuber軍代表の秋葉リンです! テレビ業界の胸を借りにきました!」
だけど、少しだけ助かる。それは、僕の本心でもあったから。
竹下さんの表現を借りるなら、テレビ業界は熟成期に突入した芸能界だ。その歴史から見れば、VTuberなどまだまだ黎明期。僕らは、これから成長していく業界に身を置いているのである。
「ぶっちゃけ、NANAMI知らん奴ってあんまおらんやろ? だから、すっとばして、リンちゃん紹介やで! まず、聞かせてや。VTuberってなんやねん?」
またしても、フリップがめくられる。
「まず、Vというのがヴァーチャルの略称で、それにUTuberという言葉をくっつけた造語なんですよ! 利点がすごいんですよ! 声以外の個人情報を露出させないまま活動ができちゃうんです!」
そこに、竹下さんのツッコミが炸裂した。
「そら、すごいなぁ……。でも、リンちゃん中身出てきてもうとるやん!」
「あはは、確かに!」
僕はVTuberとしては異端である。普通VTuberの演者は露出を極力避ける。それは、ファンの夢を壊さないためだ。
でも、僕の場合、VTuberとして動かしている3Dモデルと僕が非常に似ているのだ。だから、出てきても問題ないという判断をした。
「はい、じゃあ秋葉リンっちゅう子がどんな子かみんな気になっとると思います! というわけで、ご覧頂きましょうか? こちら、秋葉リンちゃんのVTuberの姿です!」
竹下さんが言うと、スタッフさんが僕の3Dモデルが映し出された液晶パネルを持ってきた。
それが、僕の隣に並ぶ。
「いやぁ……なんちゅうか……そっくりやなぁ? これ、もう似顔絵やん! 自分なんでVTuberなん?」
それを聞かれると、困ってしまうところがある。だが、すごく都合のいい答えをフリップが用意してくれた。
「僕この見た目じゃないですか? お仕事しちゃいけない年齢って思われちゃうんですよ! でも、VTuberなら、あくまで中の人はしっかり成人してるかもしれないって思ってもらえるじゃないですか?」
ここまで、収録は僕に都合のいいように進んでいる。だから、純粋にVTuberという芸能界の可能性を示してくれる番組なのだと思った。
「おぉ、そら合理的やわ! にしても、自分可愛いやんな? なんで、テレビの方に来てくれへんかったの?」
フリップと僕の話したい内容が一致した。
「自分の才能を信じてなかったんですよね……。でも、あるVTuberさんからVTuberならやれるんじゃないかって言われたんです。それがきっかけで、僕はVTuberになりました」
「なるほどなぁ……。いや、偉い惜しいことしたわ。ほんまならね、テレビで欲しい人材です! 可愛いもん! んで、一応大人なんよね?」
「はい!」
「したら、こんなん一生子役やってもらえるやん! テレビの業界に欲しいでほんま!」
次々と僕が絶賛されていく。
でも、いくら誘われても僕はテレビ業界に行くつもりはなかった。
「ところで、男って聞いたけど、ほんまかいな?」
「あ、男ですよ!」
ここでもこの質問は来た。僕は、別にその情報を隠しているわけではない。
「嘘やろ、さすがに……。だったらなんで、女の子の服着とるねん?」
「僕、服はゴスロリしか持ってなくて」
一着だけあった男の服は捨ててしまった。着古してしまっていたからである。
「あーあかん。頭おかしなるわ……。もう、こんなもん女の子でえやろ!」
「最近は、ファンの人からも、僕が男だっていうことが単なる設定として扱われてますね……」
フリップのアシストがすごい。放送作家さんが頑張ってくれた結果だろう。
「そら、そうなるよ! だって、可愛ええもん!」
しかし、一転だ。放送開始前の横柄さは、どこにもなかった。それどころか、僕をすごく褒めてくれるのだ。
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