第125話・生還

 乾いた銃声が響き渡る。僕は、その瞬間目を固く閉ざして顔を背けた。


 最後の死者、隼人さん。これにて、狂ったデス・ゲームは終焉を迎えたのだ。


 安堵が訪れた。これ以上誰も死なない。でも、僕はもう死んでしまいたかった。これからも生きていくにはこの手はあまりに汚れすぎている。


 目を、開いた。


 胸から血を流し、未だ立っている隼人さんが目に映った。


 隼人さんは、踵を返しゆっくりと歩く。麗清さんの方へ。


 一歩、また一歩と近づいていく。そして、ついに麗清さんの前にまでたどり着いた。


「うわ、何をなさるのです!?」


 あろう事か、隼人さんは麗清さんを抱きしめた。その動きはまるで幽鬼のようにゆらゆらと不安定なものだった。


「お前も、コレが何でできてるか知りたいだろ?」


 その口唇から、僅かに赤い液体が溢れる。


「うわ、え!? ちょ、やめ!!!」


 そして、隼人さんはその唇を麗清さんに押し付けた。


 口づけである。


 えっちで恥ずかしい。だけど、隼人さんの命をかけた告白、それから目を背けるのは失礼だと思った。


「んー! んー!」


 麗清さんはそれに抵抗して、それからほんの数秒の後、隼人さんは口を離した。


 だけど、隼人さんは倒れない。


「げほっ! ごほっ! 不敬ですよ! 我に対して舌を入れるなど! それと、ケチャップですか!? ケチャップの味しましたよ!!! 血糊って聞いてたんですけど!」


「え?」


 僕の中ですべての違和感が急激につながっていく。多分だけど、誰も死んでいない。


 となると、単純にえっちなシーンを見せられたわけだ。それも男性同士という、発生確率が低めのものを。


「ひゃ、ひゃああああああああ!? えっち、スケベ、変態!!! 隠れてやってよおおおおお!!!」


 別に男性同士がそういうことになるのも、ないとは思わない。いわば、それはそういう本能をもって生まれてきた人だ。僕のように、男性でありながら女性の染色体を持っている人間もいるくらいだ。だから、男性なのに女性的な本能を持つ人だっていてもおかしくない。


 でも、エッチなのは別問題である。そういうのは、隠れてすべきことだ。こんな、衆人環視のもと堂々とやることでない。


 デス・ゲームと思い込んでいた時期に悲鳴を上げなかった僕は、この時初めて悲鳴をあげた。


「さーて! ネタバレタイムですー! 実は私、フォルセが持っていた拳銃はコレ実は百円ショップに売っている、音だけ出るタイプのやつでした!」


「そしてそして、演者の方々ももちろん生きています! あ、ちなみにケチャップなのは隼人さんだけです! 彼、ケチャラーなので……」


「ケチャップうめー!!!」


 そんな衝撃的発言に続いて、演者の死んだ三人が次々と別室から収録室に入ってくる。蒼さんとツカサさんは手をつないでいた。


「もおおおおおぉぉぉお! 本当に良かったぁ……誰も死んでなかった……」


 安心すると、足の力が抜けた。思わず、地面にヘタリ混んでしまう。


 帰ってきたツカサさんは烈さんの胸に飛び込んでいた。本当は仲がいいようだ。


 実はツカサさんもかなり努力家らしい。演技力が一番高いのがツカサさんで、特に死んだふりがうまいとか。ただし、努力はすべて隠れてやっているらしく。みんな、本当はそれを心配している部分が有る。そう、後から聞いた。


 だから、一番嫌われている風だったが、一番愛されているのがツカサさんらしい。


「ひっぐ……ぐすっ……」


 安心したのか、シルフェさんは泣き出した。


 情報の洪水に流されていた僕にも、ドッと安心感が押し寄せてきた。


 僕は誰かを殺してしまったわけじゃなかったのだ。


「よがったああああああ! 僕、殺しちゃったと思ったああああああ!」


「うえええええええええ!」


 張り詰めっぱなしだった心が急に緩んで、涙がどんどん溢れてきた。情緒なんて不安定だ。一瞬遅れたけど、安心の波は押し寄せてきた。


「はい! では、インタビューに移っていきたいと思います! リンさんどうでした!?」


 そんなのお構いなしに、マイクが渡される。フォルセさんも、もうちょっと猶予をくれてもいいのに。


「殺しちゃったと思った……。でも、みんな反応がおかしくて……死んじゃったのなんてどうとも思ってないみたいに見えて……。だから、ちゃんと悲しんでるシルフェさんだけはしっかり守らなきゃって思って……。でも、怖かったああああああ!」


 なんとか、プロ意識で全部話すべきことは話し終えたものの、最後は結局泣き出してしまった。


「いやぁ、我々知ってましたからね! 台本通りにやっていただけです! しかし、初日のシルフェさんには本当に、かなり台本を狂わされましたよ! その、シルフェさん」


「リン、ありがとおおおおおおおおおおおおお!!」


 僕とシルフェさんは大号泣である。特にシルフェさんは本当に呼吸困難になるほど泣いている。


 泣きながら、僕の方に近寄ってきた。


「……は、まだ無理ですね……。では、麗清さん!」


 そう言って、フォルセさんは麗清さんにマイクを渡した。


「いやぁ、本当に人の子ってすごいなと思いました。神である、我に舌入れてきましたからね! あ、我、普通に恋愛対象は女神でございますからね! 男性はタイプじゃないですからね!」


 と、麗清さんは強く念を押した。


 気づけば、僕はシルフェさんと抱き合って泣いている。本当に怖かったのだ。

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