第122話・死の水銀

 僕は人間だった人を、殺してしまった。


 自分が生き残るためには人狼を全滅させなくてはならない。だから、投票先が人狼だったらまだ気が楽だ。といっても、大きな罪悪感があるのは変わりない。


 大きな罪悪感が二重に重なっている。


 その罪悪感に押しつぶされるまま、ゲーム内時間二日目の議論が開始された。


「夜の時間が終わりました! プレイヤーは中央広場に戻ってください!」


 全員が昨日議論をした、中央の広場に集まった。僕と、シルフェさんだけが青い顔をしている。


 誰かが、今日も既に死んでいる。


「おや? 蒼ちゃんが出てきませんね……ということは……」


 司会のアイナさんの声はが能天気に響き渡った。


「昨日殺されたのは、蒼さんですー!」


 フォルセさんも、能天気だ。この人たちは、なぜこうも平然としていられるのだろう。二人にとっては、同じプロダクションに所属する仲間が死んでいるのに。


「いい気味だよね、嫉妬心丸出しにしちゃってさ。もう、殺してくださいって言ってるようなものじゃん!」


 名前も知らない女性ライバーのその声に、僕の我慢は限界を迎えた。


 その人は、女性としては平均的な身長を持つ、黒髪の清楚な印象を持った人。それだけに、その発言に耳を疑いもした。


「仲間意識はないんですか!!?? 仮にも同じプロダクションじゃないですか!!??」


 死んで、それでも能天気なまでは辛うじて許せる。でも、死体を蹴るが如く、その死にさらに罵声を浴びせるのはどうしても許せなかった。


 キャラクターなんてこの際どうでもいい。この狂ったゲームが終わるまで、取り繕っている余地などない。


「まぁまぁ、それより議論だ。グレーが2人減って、4人。村が大きく有利に傾いたな! 占いの報告から頼むぜ!」


 一転して、隼人さんは真狩人の印象を強めてきた。


 人狼にとっては、まともな議論が行われなければ行われないほど有利になる。それを、隼人さんは議論に戻したのだ。


 人狼陣営の首を絞める行為。命が掛かっているこのゲームで、それをやって自分の潔白を主張するならもっと後のタイミングの可能性が高い。


 とはいえ、潔白を主張するための演出と言う可能性は否めなかった。


「では、まず我から。指示通り、シルフェさんを占わせていただきました。結果、人の子でございます。考察が伸びる方が味方で本当に良かった」


「次は麗音様だな! リンは黒! ゲームセットだ!」


 確定した。麗音さんは人狼だ。人狼として、特攻を仕掛けに来た。二人連続で黒を打つ。


 だが、ほかの人間にどう見えるだろうか。このゲームには命が掛かっている。そんな、捨て駒戦法を使うわけがない。


 きっと、そこまで考えての人狼宣言なのだろう。


 ここで僕がCOしたところで、それが信用されるとは思わない。むしろ、後の信用を買うなら、まだ潜伏だ。しっかりと、霊媒結果の黒を待つ。そして、そこから黒を全部暴かねばならない。


 とにかく冷静に、考えなくてはいけない。なのに、人を殺したという罪悪感が思考を妨げる。


「分かりました、僕はパンダですね。僕の考察を述べるなら、僕視点麗音さんが黒であるのは言うまでもありません。ですが、狼は僕を噛みにくくなったはず。狼視点、黒である僕を噛めば麗音さんが偽物であることが確定します。ということで、だから今日はグレーを減らしましょう。今日で狼を見つけられれば、村人勝利が見えてきます」


 本当は、僕の視点では村人が勝利するのだ。今日、グレーの人を吊る。霊媒結果が人狼なら、明日は麗音さんを吊る。それで、ゲーム終了だ。


 狂人は狼がいないと勝てない。隼人さんは生かしたまま、ゲームを終了できる。


 なんて、残酷な判断をしているのだろう。でも、死にたくない……。


 極限状態。今はまさにそれだ。しかも、カサ・ブランコの人たちは私怨で投票しているように見える。それを誘導するほどの力が必要だ。


 多分、力は理論に宿る。だからこそ、僕は理論で武装を固めなくてはいけないのだ。


「なるほどな。それが最善だな。リン視点を考えると、麗音は偽物か……。となると、人外二人が隠れてる。ランダムですら、グレーから人外を吊れる確率は半々。お得だな」


 また隼人さんの印象が逆転した。自分から人狼や狂人の疑いを消していく行為を漂白という。隼人さんは、その漂白をやりすぎたのだ。


 思考が本当にまとまらない。命が掛かっているのだ。漂白をやりすぎるなんてことはあるのだろうか……。


 なんにせよ、僕は人を殺す判断をしているのだ。重圧がとてつもない。


「では、グレーの方から、昨日の投票理由を聞いて人狼をあぶり出すと致しましょう」


 麗清さんは、僕の中でずっと白を貫いてくれた。そして、今も僕の考えに賛同してくれている。


 麗清さんの視点。僕の白は確定している。だから、僕の言葉を信じる理由がある。


 そして、麗清さんは多分私怨で投票していない。白すぎて怪しいなんてことにもならない。だって、麗清さんは間違いなく本物の占い師だ。

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