第121話・唐突に悪夢は襲い来る
投票投票のための端末が全員に行き渡る。端末には、全員の名前が席順並んでいて、名前をタッチするだけで投票が行える。
グレランということもあって、僕は知らない人に投票することになる。
僕が選んだのは、兎塚ツカサと言う人だった。彼女に投票した理由、それは議論時間に雑談をしていたからだ。真面目に議論する気がないのだと思った。
「さて、全員の投票が終わりました! 開票と行きましょう!」
アイナさんが言う。それと同時に、掲示板に名前が表示された。
1位・兎塚ツカサ 9票
2位・白鳥明日羽 1票
2位・瑞葉蒼 1票
同時に、投票者の名前も公開される。だが、そこには知らない情報ばかりで、推理の参考にはなりそうもない。
「なんで!? なんで私なの!? ねぇ、おかしい!!」
その言葉には鬼気迫るものがあった。まるで、あたかも今から本当に死んでしまうかのような、恐怖に満ちた表情で叫んでいる。
ツカサさんは、髪の長さがとにかく特徴的だ。腰より下まで伸びている。
身長は、大体僕と同じくらいだ。
「いい気味だよ、ツカサ。一人だけ人気出しちゃってさ……。ずっと君に嫉妬してたから、ここで、死んで……」
そう言い放ったのは、位置から考えて蒼さん。ボーイッシュで、女性にしては短い髪と、ツカサさんとは正反対の人だった。
冷たく、本当に人を殺しそうな目で言う。興味など何もないかのように。
ふたりの演技力はとてつもなかった。さすが大手企業と思える。
「なんでそんなこというの!? 蒼……私たち親友じゃ……」
乾いた破裂音が響き渡る。
銃殺、そういうふうに視聴者さんに思ってもらうのだろう……。
僕は、悲鳴を上げる準備をした。
「ごぷっ……」
おかしかった。
なぜ、ツカサさんは今血を吐いているのだろう。
なぜ、ツカサさんの胸元は赤く染まってゆくのだろう……。
ツカサさんは、地面に崩れ落ち、二度痙攣して、動きを止めた。
なぜの濁流の中に徐々に事実が混ざり始める。
人間が、死んだのだ……。
「いやあああああああああああああああああ!!」
一番に悲鳴をあげたのは、シルフェさんだった。
思考が混乱する。こんなもの、嘘だと思いたい。
動悸が収まらなくて、胸が苦しい。
でも、シルフェさんの悲鳴は、明らかにリアクションではない。
僕だって悲鳴をあげて逃げ出したい。
でも、僕らはVTuberだ。この反応を収録するために、この展開が予定されていた可能性もある。
「生死を確認してもよろしいですか?」
麗清さんがそう、言った。
「ええ、どうぞ。私、射撃には自信がありまして。一撃でしっかりと仕留めましたよ!」
そう言って、軽薄にフォルセさんが笑った。
「では……」
麗清さんが、ツカサさんの死体と思われるものに近づいていく。
首筋に手を当てた。
そして、首を横に振りながら言う。
「人の子よ……なんと儚い……」
なぜ、そんなにも冷静でいられるのだろう。それはつまり、死んでいるということなのに。
「そんな……嘘……?」
そうつぶやかずにはいられなかった。
ひとりの人の人生が目の前で終わって、莫大な喪失感が胸を打った。
力が抜けて、膝が笑って立っていられない。
それは、シルフェさんも同じなようで、かがみ込んでいた。
「逃げよ……リン、今すぐ逃げよ……」
か細い、消え入りそうな声でシルフェさんは僕にそう言う。
逃げ出したい。今すぐ逃げ出したい。でも……。
「逃げることは不可能なのでございましょう? 処刑の人数が増えるだけ。彼らは銃を持っております」
そう、あの破裂音は明らかに火薬が炸裂した音だ。
はっとして、フォルセさんを見ると、その手には拳銃が握られていた。
「嘘……銃刀法は……? なんで、なんで!?」
それは、僕のトラウマを呼び覚ますのに最も効果的だった。監禁、それは僕が声を失った原因。怒りと恐怖が入り混じって、呼吸がうまくできなかった。
「ニューナンブ……」
麗清さんが口にしたのは、一般的に警察で使われる拳銃の名前だった。
人生がここで終わるのだと思った。幸せだったのに、手に入れた幸せは長く続かない。
あの時、人狼の話など受けていなければ良かった……。
「逃げ……られない?」
「おそらくは……」
麗清さんが淡々と絶望を告げる。
「やだやだやだやだ! 帰る! 家に帰る!」
頭を抱えながら、シルフェさんは狂ったように叫ぶ。
「生き残りましょう。絶対に!」
麗清さんはそう言って、僕たちを励ましたのであった。
投票、処刑が終わると、ゲーム内で夜として扱われる時間が訪れる。
僕たちは間仕切りされた部屋に入れられた。僕の部屋、そこには一枚の紙があってそこにはこう書いてあった。
『兎塚ツカサは人間でした』
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