第118話・カサ・ブランコ
カサ・ブランコとのコラボは『電脳姫征服中♪』の収録の次の日だった。
今回はライブ配信ではなく、動画だ。視聴者のコメントによる推理補助を避けるためである。動画を、今回の出演者全員のチャンネルで共有し収益も折半。収益的には美味しくないけど、国内人気の急上昇を狙えるいい企画だと思う。
集まったVTuberは11人、うち個人勢VTuberは僕を入れて三人。これを、11人村と呼ぶらしい。
収録は朝から。収録時間がものすごく長くなることが予想されるらしいのだ。
この企画に、すごく多くの人が関わっている。
一通り、全員の挨拶と自己紹介を終え、少しの自由時間が与えられた。企画用の舞台を用意するための時間らしい。
「リンさん!」
声をかけてきたのは同じ個人勢のVTuberをやっている男性だ。
「えっと、ごめんなさい。名前、十一人も一気に覚えられなくて……」
覚えたり、知っていたりするのはこの業界の礼儀である。非常にまずいことはわかっているが、それでも覚えきることなんてできない。
「あはは、俺もなんだかんだ全員は覚えてませんよ……。むしろ、俺みたいな無名がリンさんに周知されてたらびっくりです。俺は
言葉選び自体はそうでもない。だけど、すごく柔らかな声で話す人だった。
長身の男性で、僕はその胸のあたりに頭が来る。僕からしたら、巨人もいいところだが、目が優しくて怖いとは思わなかった。
「麗清さんですね。綺麗な名前ですね!」
その響きの良さのおかげで、きっともう名前を忘れることはないだろう。
「ありがとうございます……。ところで、カサ・ブランコ所属の方々の動きをご覧になりましたか? 皆さんで、固まってしまって、少しキナ臭い感じです」
確かに、言われてみれば、主催のカサ・ブランコ所属のVTuberの人たちはこの自由時間に一箇所に固まってしまっている。
「あ、あの……混ぜて……」
消え入りそうな声が、僕たちの会話に飛び込んだ。
帽子をかぶった、僕よりほんの少しだけ背の高い女の子。つまりは小さな子だ。容姿の幼さは僕とどっこいくらいで、長い黒髪をツーサイドアップにしていた。
「私は当然構いませんよ。リンさんは?」
「僕も大丈夫です!」
カサ・ブランコの人たちが固まってしまったのだ。個人のVTuberは必然と、あぶれる。
あちらがその気なら、僕たちは僕たちで固まる方が有意義な気がした。
「ありがとう……。私、シルフェ・ソヌスの中の人……。芝田青……」
シルフェさんのような、名前が全部カタカナなVTuberに会うのは初めてかも知れない。
「僕は……」
「知ってる……ずっと、憧れてきたから……」
長い髪の間から、シルフェさんの目が覗いた。
紫色のそれは、キラキラと輝いてまるで宝石のような印象を受ける。
「もしかして、俺もですか?」
「うん……。麗清……、川の神様」
「あはは、設定まで覚えてくださったんですね。光栄です」
会話は弾む。自分以外の個人勢VTuberと関わるのは初めてでそれが楽しい。
「そういえば、妙だと思われませんか? カサ、だったら、ブランカなはず。なぜ、ブランコなんでしょう?」
ふと麗清さんがいう。そのおかしさを、僕は分からなかった。
「カサ、女性名詞に、ブランコ、男性名詞を被せることで男女分け隔てないことを表現してる……らしい」
どうやら、その言語では男性と女性で名詞の言い方がちょっと違ったりするらしい。日本では男も女も同じ名詞は同じ言い方だけに面白い言語だなと思った。
「何語なんですか?」
ただ、ひとつ問題がある。僕がシルフェさんに話しかけるとシルフェさんは目をそらすのだ。憧れてきたと言われたし、嫌われてはいないと思いたい。
「スペイン語……」
そう言って、シルフェさんは顔を赤くした。
「シルフェさんは博識ですね。リンさんも、そう思いません?」
麗清さんの顔は何か企んでいるように見えた。
「はい! すごく頼りになりますね!」
でも、それだけは確かで、僕が言うとシルフェさんはその場にうずくまった。
「あぁ……うぅ……」
「ふむ、なるほど。リンさん、嫌われていませんよ」
なんのことはない。僕を心配してくれただけだったのだ。麗清さん、とても優しい人だ。
「麗清嫌い!」
「ごめんなさい、シルフェさん。少し、意地悪になってしまいました」
嫌いと言われても、麗清さんはフォローをしにいく。
この人は本当に頼りにしてよさそうだ。
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