第115話・白の誘い

 それから少しして、ママがクロノ・ワール本社ビル前に到着したと聞いた。


 僕は急いで、ママの元に行く。


 心配をかけてしまったのだ。たくさん謝ろう。


「リン君! 生放送お疲れ様! ママも見てたよ!」


 僕を出迎えたのは、満面の笑みだった。こんなことで怒ったりしない。そんなことはわかりきっていた。


「ごめんなさいママ。心配かけて」


 僕が言うと、ママは柔らかく微笑む。


「心配じゃない時なんてないんだよ。でもね、期待が上回るから送り出すの」


 それが、母性というものだろうか。いつだって身を案じて、同時に将来に期待し続けてくれる。ママでありながらもママは冒険赴く背中を押してくれるのだ。


「おいで、リン君。寂しかったから、ぎゅってさせて」


 そう言って、ママは手を広げた。


「うん!」


 だから僕はそこに飛び込む。


 なぜだか、ママの手の中にいるのはすごく安心する。


「おかえり、リン君。頑張ったね!」


「うん! 頑張ってみたよ!」


 それなりに頑張ったと思う。緊張を跳ね除けて、キャラクター性を優先した。だから、少しくらいは褒めてもらいたかった。そんな欲求も、ママは満たしてくれる。


「えらいえらい」


 そう言って、なでてくれた。


「ふふっ、リン君も子供っぽいところがあるのですね」


 それを見て、微笑む葛城さん。


 なんだろうか、この二人が揃うと、空間そのものが母性に侵食されているようにすら感じる。


「そういう意味では、リン君は秋葉家で一番VTuberらしさを持ってる子です!」


 VTuberとは、仮想のアイドル。そのキャラクター性には、どこか普通の人と違う感性を求められる。それは多くの場合、子供のまま時の止まってしまった部分だ。欠損とも言い換えられる。


 英雄神話……。その主人公たる英雄はどこかに欠損を抱える。


 つまり、人間は、欠損を持つキャラクターに魅力を感じるのだ。だからこそ、VTuberにも欠損が求められる。


 欠点のない完璧な機械には、誰も興味がないということだ。


「そうですね。秋葉家の方々はそのキャラクター性ではなく技能によって人気を得ている方々ですからね」


 逆に言えばそれはVTuberと言うより、一般的なUtuberのやり方なのだ。


 だが、決して欠損を抱えるVTuberがいないわけではない。例えばRyuお兄ちゃんである。それを演じている立花お姉ちゃんには、外出を極端に嫌うという欠損がある。


 それを、圧倒的な技能で覆い隠しているだけに過ぎない。


「さて、私たちは帰りますね」


 その言葉を最後に、僕たちはクロノ・ワール本社を去った


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ママは、僕をハイヤーで迎えに来ていた。これももはやいつものことである。


 その車内、僕の携帯が鳴り響いた。


『もしもし、秋葉リン様の携帯でよろしいでしょうか!?』


 聞こえてきたのは、やんちゃな雰囲気をまとった男性の声だった。


「はい、秋葉リンです」


 相手がわからない。だから、相手の持っている以上の情報は渡せない。


『こちらですね、株式会社カサ・ブランコの大谷と申します! 今回ですね、VTuber人狼というものが企画されまして、個人のVTuber様にも何件かご連絡させていただく予定なんですよ』


「はぁ……」


 なんというか、すごく勢い任せな。いきなり電話だなんて、警戒されてしかるべきである。特に、VTuber業界なら最初はツブヤイッターのダイレクトメールを送るのが慣例だ。


『あ、あの、えっと……』


 考えていなかったのかと呆れてしまう。


 数秒おいて、バコンと電話向こうから声が聞こえた。


『申し訳ありません。うちの大谷がご迷惑をおかけしました。もう二度と電話を触らせませんので平にご容赦下さい』


 電話の向こうの声が変わる。大谷さんは、どうやら電話を奪われてしまったようだ。


「あ、はい……」


『こんなお願いをして、厚かましいのも重々承知です。ですが、どうか、うちで行うVTuber人狼にご参加いただけないでしょうか? もちろん、報酬はお支払い致します』


「あ、えっと……ちょっと待ってください……」


 僕はそう言って、電話を保留にして、ママに助けを求める。


「ママ、カサ・ブランコから人狼のお誘いが今あったんだ」


「いきなり電話で?」


 それに対して、ママは怪訝な目をした。


「うん。でも、電話の人途中で変わって、すっごい謝ってくれたよ」


 僕は、大谷さんを除けばカサ・ブランコはいい会社なのではないかと思う。ただちょっと、ポンコツさんを抱えているだけだ。


「そっか、それならやってもいいんじゃない? 人狼は美味しいよ! 自分がやりたいかどうかで決めちゃおう。いざとなったら秋葉家で助けるから」


「ありがとう! じゃあ、やってみるね!」


 僕は、この時のこの決断を少しだけ後悔した。


「お待たせしました、秋葉リンです。今回の人狼、是非参加させてください!」


『ありがとうございます! 本当にご迷惑をおかけしました! 本来であれば、ダイレクトメールでやりとりをしてからというところ……』


 謝罪は続いた。聞くところ、大谷さんは電話を任せたらダメだが、企画立案に関してはかなり実力がある人物だそうだ。有能なポンコツさんなのだ。ちょっとおかしくて笑ってしまう。


 ともかく、僕は大谷さんを笑って許して、人狼に参加することになった。

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