第114話・マネージャー業

 目が覚めたのは、午前六時。僕が最近いつも目を覚ます時間だ。


 考えていたのは、企業に所属するVTuberについてだ。VTuberが企業に所属する利点は、多分多少の不自由と引き換えに責任を持ってくれる人ができるということだと思う。例えば、一般的な個人勢ライバーが炎上した場合、助けてくれる人は多分いない。


 だが、秋葉家は別だ。相互扶助で成り立つ個人V集団。だから、炎上した場合もお互いがお互いを助け合う関係である。自由に活動できるのに、助けてくれる人が居る。やはり、秋葉家は特殊なのだと思う。


 少しして、ノックの音が部屋に転がり込んだ。


「はい!」


 そのノックをした人物に、僕は部屋に入る許可を出す意味で、声を返す。


「おはようございます。お加減いかがですか?」


 入ってきたのは葛城さんだった。


「起きるの早いですね」


 僕が言うと、葛城さんは困ったように笑った。


「ライバーの方が起きている時間には、起きていないといけませんから」


 VTuberの活動は何もUtubeだけではない。ツブヤイッターでのツイートに始まり、私生活にすらその影響は及ぶ。僕だって、外にいるときにはしゃべれないという影響を受けている。


 マネージャーとは、そのライバーが炎上した場合手助けをする必要がある。だからこそ、自分の助けられる範囲内の炎上で収めたいものだ。なら、ライバーが起きている時間に寝てなどいられない。


「マネージャーさんって大変な仕事ですね……」


 ただただ、そう思う。


「ライバーの方々もリン様のような人ばかりなら良かったのですがね……」


「僕みたい……ですか?」


「はい、リン様は炎上せず、わがままも言わなそうに感じます」


 でも、その反面僕は自分で企画を立案したりなどはあまりしない。むしろ、過去、企画の方から僕の元に転がり込んできたことが多い。


 自信を持って僕が立案したと言えるのは、Necoroさんとのコラボだけだ。


「苦労されているんですね……。でも、シズクさんや霰さんはとてもいい方に感じますよ」


「ええ、あの二人はとてもいい子ですよ。でも、ほかの子もいい子なんです。ちょとわがままですけどね」


 そう言って、葛城さんは柔らかく微笑む。僕の見た範囲、その二人をわが子のように愛して育んでいる。


 もしかすると、ママはライバーと言うよりマネージャー向きな人なのかもしれないと思った。だって、その母性が共通している。


 でも、僕はママにライブをやめて欲しくない。だから、向いているかもしれないということは黙っておこうと思った。


「そういえば、今回のコラボってどんなきっかけで実現したんですか?」


 僕に得があり、クロノ・ワールに得がある。まさにWin-Winのコラボ。それが実現した経緯には興味があった。


「シズクが言ったんですよ。『これは独り言だけど、リンちゃんとコラボしてみたいなぁ……』って。大分、昔の話です。その頃は秋葉家は秋葉家としかコラボしないと思っていたのですが、Necoro様とのコラボを見て、可能性を感じて打診いたしました」


「そんな経緯だったんですね!? シズクさんからかぁ……」


「はい、あの子の言った初めてのわがままらしいわがままでした。妬まず、直向きに努力するシズクのわがままです。担当マネージャーとして、叶えてあげたくなるものですよ」


 それは、担当マネージャーではなくもっと母性的な想いではないかと感じた。


 でも、一つ確実なことがある。


「シズクさんたちのこと、本当に好きなんですね?」


 それだけは、間違いなくそうだと思った。


「これからいうことは、オフレコでお願いします。聞かれたら、恥ずかしいですから」


「もちろん、誰にも言いませんよ」


「実はですね。私は五期生全員を心の底から愛しています」


 やっぱり、若干の嬉しさを孕んだ感情でそう思った。すごく母性的な人だ。


 五期生はきっと裏では葛城さんを中心にまとまっているのだろう。ファンの目からは多分ライバーの誰かが中心に見えるだろうけど……。


 でも、なんだかんだ言って、僕が関わった二人のライバーは葛城さんのことが好きなように感じる。


「マッネちゃーん!」


 急に、知らない人がそこに入ってきた。マネと呼んでいるあたり、きっと五期生だ。


「こら! 部屋に入るときはノックをしなさい!」


 その叱咤が、本当に母親のようで、僕は笑ってしまう。


 でも、困ったような顔で葛城さんは僕に言った。


「リン様、申し訳ありません。どうか、悪いように思わないであげてください」


 黄金と呼ばれるのはシズクさんと霰さんの二人。だけど、葛城さんの愛情はそれ以外のライバーにも向いていることが、今目の前で証明された。


「ふふっ、いいんですよ! どっちにしろ、もう起きてましたから」


 賑やかなのは好きである。それは、寂しいモノクロ時代の名残だろうか……。


「ありがとうございます。ほら、ツヅミちゃん。ちゃんと謝ってください」


「うぅ……ごめんなさい」


 ツヅミさんからは元気な印象を受ける。笑顔が印象的で、ちょっとやそっとじゃへこたれなそうだ。短髪の活発な少女、そんな感じだ。僕より背は高いけど……。


「あはは、いいんですよ!」


 きっとツヅミさんの名前の由来はタンポポだ。別名に鼓草というのがあるから。


「あれ? もしかしてだけど……」


 ツヅミさんには僕の正体を見抜かれた。


 ツヅミさんは五期の銀と言われるそうだ。黄金はシズクさんと霰さん。それに次ぐ輝きを放つから銀。そんな格付けをツヅミさんは嬉しそうに語った。


 でも僕は、その格付けが嫌だなと少し思ったのである。


 その格付けをしたのは葛城さんではない。もっと、上層部の人間だろう。それが、二人の話からなんとなく察せられた。

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