第112話・バー・霜月
「さぁ、じゃあ最初これから行きましょうかー? 作るのが最もめんどくさいカクテル、ロングアイランド・アイスティーでーす!」
そう言いながら霰さんは、手際よく七種類もの材料をコップに次々と注ぎ、それをかき混ぜる。その一連の動きがあまりに洗練されていた。
「え? 霰お姉ちゃんって、本職のバーテンダーさん?」
だとしたら清楚系ではなくかっこいい系である。
「違うんですよー! お酒飲めない子のために、カクテルいろいろ練習したらこうなってました。ちなみに、ロングアイランド・アイスティーはダメ元ですよー! ささ、飲んでみてくださいー!」
「じゃあ、いただきまーす!」
一口煽る。
舌の上には一瞬紅茶のような味が溢れた……。
でも次の瞬間。
「けほっ! こほっ!」
喉の奥から漂ってくる苦味と、不思議なふわふわ感に盛大にむせ返った。
「あーダメですかー。アルコール度数25度ですからねー! 大丈夫ですかー? お口拭きますねー!」
そう言いながら、霰さんは僕の口周りを拭いてくれる。
「あ、ありがとう……」
その手つきが優しくて、本当に根から優しい人なのだと実感した。
「意地悪が過ぎましたねー! ちなみに、レシピは、ジン 15ml、ウォッカ 15ml、ラム 15ml、テキーラ15ml、ホワイトキュラソー 15ml、レモンジュース 30ml、コーラ 40mlとなっております。とってもめんどくさいけど、美味しいカクテルですよー。リスナーさんも作ってみてください!」
聞いたことないようなお酒が羅列される。知っているのはレモンジュースとコーラぐらいだった。
紅茶のような味は美味しい。でもその後から襲って来るアルコールの苦味とふわふわ感が僕にはダメだ。
「いろんなお酒が入ってるんだ? でも、アルコールがきついんだね? 僕ダメだ……」
わかったこと一つ目。僕はアルコール度数が高いお酒は飲めない。
「次からは本命をどんどん出していきますよー!」
そう言って、霰さんは今度はシェイカーを取り出してなかに氷と水を入れて振る。
「それ、お酒じゃないよね?」
どう見てもその材料からは、冷たい水しか出てこない。
「はい、下準備ですー。これをやっておかないと、カクテルが水っぽくなる上、ぬるくなっちゃうんですよー!」
でもその姿はさながらバーテンダーだ。
「やっぱり本職?」
「違いますよー! みんなすぐ、霰のことバーテンダーだって言うんです! ひどいと思いません?」
そんな事を言いながらもしっかりシェイカーを振っているからそう言われるのだと僕は思う。
「思えないかなぁ……」
「もう! リンちゃんまで!」
そう言いながらも、霰さんはシェイカーの蓋を開け、しっかりと水を切る。
「だって、手つきがプロだもん!」
「むぅ……私は世界中の人にもっとお酒を楽しんでもらいたいだけです!」
「でも、それって、バーテンダーに向いてるよね?」
今度は、シェイカーにお酒やジュースを注いでいく。どうしてこんなものまで、クロノ・ノワール本社にあるのだろうか……。
「確かに向いてるかもしれませんね……。でも、VTuberの方がたくさんの人にお酒の魅力を語りかけることができます。そして、今回みたいな企画だと、一人の人にお酒の魅力を強く訴えられるのですよー!」
どうやら、霰さんは本当にお酒が好きみたいだ。
霰さんの振るシェイカーから、シャカシャカと心地の良い音が鳴り響く。きっと、シェイカーと言うのは音も計算されて作られているのだろう。
「そういえば、霰さんってかっこいいって言われません?」
シェイカーを振る姿はまさに格好のいいバーテンダーのお姉さんだ。
「あ、たまに言われますー! 大体は、私がカクテル作ってる時ですねー!」
だと思う。この姿は、男の僕としては憧れざるを得ない。ならばきっと、女の子にモテるだろう。
「あとでシェイカーの振り方教えてもらえますか?」
「これ、結構難しいですよー! っと、完成です。ゴールデン・アップル。アルコール度数は8度。とても飲みやすい、ジュースみたいなカクテルですよー!」
カクテルグラスに注がれた、僅かに濁っている薄黄色の液体。それがなんともフルーティーな香りを放っている。
美味しそう、ただただそう思う。その匂いからは、フレッシュなりんごジュースの味が想像想像させられた。
「いただきます!」
でもお酒だ。僕は警戒しながら、ほんの少し舐める程度に飲んだ。
想像通りの味が口の中に広がって、次の瞬間。
「あ、ダメ……なんか喉がふわふわする……」
その感覚がどうしても好きになれなかった。
「むー! 手ごわいですねー! ショートカクテルでは一番飲みやすいものだったんですけど……。こうなっては仕方ありません、ファジーネーブルで行きましょう!」
次は、コップに注いで作るカクテルだった。
二種類の材料をコップに注ぎ、それをゆっくりと軽くかき混ぜる。
「どんなお酒ですか?」
「これはほとんどジュースです。アルコール度数3度、ピーチリキュールとオレンジジュースのカクテル。5度で作ってもいいですけど、今回はリンちゃん仕様ですよー」
期待した。ジュースなら僕も飲めるかもと。
「はい、完成です」
そのカクテルは一瞬で出来上がり、そして僕はそれを飲む。
「いただきますー!」
味はほぼオレンジジュース。でも、後からアルコールのふわふわ感が襲ってきた。
「だ、ダメ……苦手!」
どうも僕はアルコール自体の味が病的なまでに嫌いなようだった。
「そんなー!」
結局、その後僕はノンアルコールのカクテルを作ってもらって、霰さんは僕の飲めなかったお酒を飲んだ。割と直ぐに、僕の飲めなかったお酒はなくなって、霰さんは新しくお酒を造る。
ライブが終わるまでの時間そうして楽しく雑談をしたのであった。
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