第109話・放送後

 雑談放送をこんなに長く続けることができたのは初めてだ。シズクさんの勢いのある雑談が、それだけ面白いということだ。


『いやぁ、リン君。放送終わったね……結構ド突き回しちゃったけど大丈夫?』


「いえ、全然。僕は放送中に言ったとおりシズクさんのことすっごい尊敬してるんです。あそこまで上手な雑談って、秋葉家にはないんですよ」


 秋葉家の雑談にはどこか専門的な知識が入ってくる。例えばカゲミツお兄ちゃんの、法律などだ。その専門家を紹介する窓口として、現在機能しているのがママである。


 だから、秋葉家の雑談枠はあまり“雑”談ではないのだ。


 もちろん、秋葉家の兄姉及びママも尊敬している。高度な専門知識を持って、それを雑談に活かす術は僕には実現不可能だからだ。


 でも、シズクさんの雑談は不可能ではないと思う。研鑽に次ぐ研鑽の果てに、計算され尽くした“雑”さを持つ談義。それは、誰もができることを、その先まで進めたに過ぎない。


 つまり、シズクさんは努力の人なのだ。


『でもさ、秋葉家の専門知識を持った雑談って、私にはできないからなぁ……尊敬されるものじゃないと思う』


「尊敬するものですよ! だって、シズクさんって雑談をすごく練習したでしょ?」


『あはは、バレちゃったか……。私もさ、最初雑談とか下手でさ。VTuberになる前はコミュ障だった。だから、とにかく配信時間を伸ばしてがむしゃらやったんだ。それで、今のリスナーとのド突き合い漫才のスタイルを確立したんだ』


 人には、物語があり、人生がある。路傍の石などどこにも存在しないのだ。


 路傍の石に見えたとして、それは多くの人と関わってきた要石なのだ。


「やっぱり、尊敬すべき努力の人です!」


 ただただ、憧れるほどにそうだと思った。


『あはは……照れるなぁ……。っと、マネさんから言われてたんだ! ちょっと企業の都合で練習時間を一週間しか取れないけど、私と歌でもコラボして欲しい!』


 そんな、努力の人だから、何に対しても努力をするのだと思う。


 その思いは、僕にその提案を快諾させた。


「もちろんです!」


 一週間。それで歌を一つ仕上げるだなんて、僕にとっては突貫工事もいいところ。


 でも、シズクさんが言っている。きっと、一週間、シズクさんは可能な限りの努力をしてくれる。だったら、失敗なんてありえないはずだ。


『やった! じゃあ、歌詞と音源送るね!』


「はい!」


 送られてきた音源を再生する、歌詞を見ながら。脳内で歌詞が歌に変換されていく。


 それは、僕がこれまでに歌ったことのないような歌だった。


『どう?』


「すごく、アイドル的な歌ですね」


 研ぎ澄まされた刃のような。あざとく、可愛らしさを前面に押し出した歌だった。


 アイドルという活動を僕はこれまでしてこなかった。僕がやってきたのは、どちらかというと歌だけで勝負する、歌手の活動。


 こんな作曲の歌を歌ってこなかった。僕が歌ってきたのは、可愛らしさではなく技術で歌う歌。


 何にせよ、一番大切なのは聞いてくれる人に喜んでもらうことだ。それさえ満たせば、そこに優劣など存在しない。どこを押し出すかという、戦略の違いがあるだけだ。


『うん。ヴァーチャルアイドルだからね』


「そうですね!」


 試してみたい気持ちもあった。僕がアイドルの戦略でも通用するのかどうか。


 でも、浮気のような感じもする。これまでRyuお兄ちゃんの歌しか歌ってこなかったからだ。


 例え、この歌を歌っても、Ryuお兄ちゃんの曲に対する気持ちは変わらない。だって、僕とRyuさんと歌。そこには、無数の思い出が詰まっているのだ。


『実際、合わせられるのって何回になるんだろ……』


 問題は山積みだ。合わせながら歌うには、二人が同じ場所に居る必要がある。通話を介した場合、その僅かなラグが致命的だ。


「お互い忙しいですからね」


 僕には、霜月霰さんとのコラボがある。シズクさんには、クロノ・ワールの企業の都合が。それに、シズクさんは、今回の放送でフォロワー数200万人を達成してしまった。その記念配信も必要なのだ。


『容赦なくリテイク出してくれていいからね!?』


「え? 僕がリテイク出すんですか?」


『だって、世界の歌姫秋葉リンじゃん! むしろ、出して!』


 確かに、フォロワー数五千万は世界の歌姫と呼んでも過言じゃないかもしれない。


「分かりました! でも、楽しめるリテイクにしましょう!」


『リン君と一緒なら、なんでも楽しいよ!』


 本当にそうだったらいい。でも、新しい歌い方を二人で模索するでもなければリテイクなんて退屈なだけだと思う。


「では、合わせの日に!」


『うん! 合わせの日に!』


 通話を終えて、僕は歌詞にかじりつく。作曲者の人はどんな風に歌ってほしいのだろう。そして、そこにどうやって自分を重ねていくのだろう。そんな事を考えながら。


 同時に、感情表現技法の言語化も行っていく。シズクさんに聞かれたとき、いつでも答えられるように。


 でもきっとそれは、徒労に終わるだろう。アイドル的な歌のメソッドを僕は知らない。そこはシズクさんの方が多分詳しいから。

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